最近のエッセイ(66)

2021年6月6日    

 

 

 

 

 

 

2021年6月5日         カツオ談義

 茨城県を担当していた頃です。水戸市内の料亭「竹葉」で会食もたけなわの時、お膳に出ているカツオの刺身について談論風発が始まりました。竹葉ともあろうものがこんな不味いカツオを供するとは何事か、と朝日会長でもある町田和久さんが怒鳴りだしたのです。酔いに任せての物言いとはとはいえ、竹葉のお姉さん方は反発します。終いには板前さんまで座敷に上がってきて、町田さんのカツオ談義を聴く羽目になってしまいました。6月、大洗や那珂湊に上がるカツオには二種類ある。飛び切り旨いカツオと不味いソーダカツオだ。その見分け方はカツオの目の色と肌の色だ、よーし、明日の晩、皆さんに旨いカツオを持ってくるから比べてもらおう。勢いに任せてエライことになってしまいました。時は、水戸市内第一位作戦が順調に推移していましたから、幹部の皆さん勢いがあります。翌晩も同じ「竹葉」に集まりました。町田さん自らが港に乗り込んで選んできたカツオのたたきが運ばれてきました。一切れ口にした全員は黙り込んでしまいました。昨夜のカツオの刺身と全く違う一件だったからです。お姉さん方も驚きを隠せず町田さんの努力を褒めたたえ始めました。町田さんの指示で残ったカツオは醤油漬けにされました。明日の朝、茶漬けにして食べろというのです。道路を挟んで「竹葉」の目の前が私の水戸での定宿「竹葉亭」でした。旨かったの何の。爾来、スーパーへ行っても、まず、カツオを探す習慣が根付いてしまいました。カツオを美味しくいただくために、秋に送られてくる大分のカボスを搾って冷凍庫に保管しているくらいです。けれども、これはというカツオに巡り合うのは滅多にありません。カツオの漁獲量は減りに減り、たまに、町田さんが料亭に持ち込んだ一味違うカツオが揚っても、世の目利きたちによって市場から真っ先に持ち去られてしまっているからでしょう。

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      またひとしきり 午前の雨

      菖蒲のいろの みどりいろ

      まなこうるめる 面長き女

 

      たちあらわれて 消えてゆく

      憂いに沈み しとしとと

      畑の上に落ちている 果てしも知れず

      落ちている    ‐中原中也ー

2021年6月4日         複雑すぎ

 昨日、ワクチン接種をし、副反応がどんな容ででるのかなあ、と半ば期待し、半ば恐れながら24時間が経過しました。幸いというか、当然というか、身体に何の変化もなく、現在に至っています。接種に当たって、毎日飲んでいる薬について医者を前にして申告するコーナーがありました。私は血液サラサラの薬「エリキュース」を朝一錠、夕一錠のところ、朝だけ飲んでいるのですが、問診の医者は「あれはいい薬です」といいながら、念のため接種後30分は腕を抑えて安静を保って下さい、との指示を受けました。

 さて、今日は第二回目の接種の予約日です。第一回目もそうでしたが、この予約をスマホでやるやり方が、実に複雑怪奇。よくもまあ、こんな七面倒くさいことを考えたものだ、と一人では到底できないので、若い人にアドバイスしてもらいながら、どうにかやり遂げました。隣の70代のおばちゃんは借り物らしきスマホを持ちながら、「スマホって何? クリックってどうやるの?」と何から何まで若い係員に聞く始末。日頃、パソコンには精通している積りの私でさえ、係員のアドバイスがなかったら予約に成功しなかったでしょう。さて、2回目は6月24日です。  

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          6月の言葉は 雨でも心は晴れ

     コロナ禍の中でも 未来は明るい

     って前向きにいつも思う

     できれば 言葉に出して言う

     何があっても 心だけは

     明るくしなさい そんな暗い顔

     しなさんな 心はいつだって変えられる
 

2021年6月3日        当分、眺めるだけ

 今年、男女の双子の孫が社会人になり、女の子の方は京都市内に就職し、初任給で京都の名物の「麩のお吸い物」送ってくれたことは、前に書きました。今度は、男の孫の匠(たくみ)から高級なお酒が届きました。立派な瓶に入った焼酎でした。前回同様、仏壇に供えたものの、封を切る気になれません。

 小さいころ、彼は鉄塔大好き人間でした。鉄塔とは送電線のことです。よくせがまれて、連れて行かされたのは関東平野の鉄塔が一望できる、新幹線と並行して走っている大宮都市交通のホームでした。彼を抱えて入場券を買い、ホームに上がると目の前を新幹線が轟音を立てて通過してゆきます。それにはさして興味がなさそうで、夕焼けを背にして林立する鉄塔を飽かず眺めているのです。将来は鉄塔に登って作業する仕事に就くのではあるまいか、と思ったものです。

 2人の孫の中学時代の3年間、次男一家は名古屋本社勤務となりました。たまたま出版局が朝日グラフの別冊として「新・日本の歴史」を週刊発行し始めたので、毎週それを名古屋に送る手配をしました。彼が日本歴史に異常な関心を持ち始め、彼ら一家と、京都や山口県、福岡県を車で回った際、いたるところでの彼の史実における詳細な解説は、それは見事なもので、舌を巻いたものです。私は彼が将来、地方公務員試験に合格して、歴史博物館や、古代史研究機関で働くようになればいいなあ、と秘かに思っていました。 

 ともあれ、私の双子の男女の孫は、この就職難の今年、貰った初任給から、大枚をはたいて、この爺さんに贈り物をしてくれました。もったいなくて、当分はお酒の栓を抜く気になれません。          

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          ほこりのついた しば草

     雨さん あらってくれました

 

     あらってぬれた しば草を

 

     お日さん ほしてくれました

     こうして わたしが ねころんで

     空をみるのに よいように

             ー金子みすゞー

 

 

2021年6月2日         宝 塚

 いま、朝日新聞朝刊に、元宝塚のトップスターだった汀夏子の回想録が掲載されています。今日が14回目、もう一回で終わりになるでしょう。彼女もいまや74歳、歴史の流れは速いものです。当時、一世を風靡した4大スターは鳳蘭、榛名由利、安奈淳で、「ベルサイユのばら」、「風と共に去りぬ」が大人気でした。

 その宝塚大劇場を朝日新聞が貸し切り、500人を超える全国の販売所長を招待したことがあります。朝日新聞創刊100年を記念する大会の時です。新装なったフェステバルホールで式典が行われました。翌日、バス10台以上を連ねて宝塚劇場です。出し物が何であったか忘れましたが、併設されている音楽学校を見学したり、寄宿舎を垣間見たり、宝塚創設の小林一三さんの記念館を覗いたりして、この創始者の先見の明に改めて思いを致しました。

 宝塚へ行ったのは、後にも先にもこの一回だけで、宝塚については誰それの娘が入った、などという噂を聞くだけとなりました。大阪本社の販売局長の娘さん、北七会会長若麻績君の娘さんもズカガールになったようです。驚いたのは、この6月株主総会で社長をお辞めになる渡辺さんの娘さんがタカラジェンヌになったことです。千葉県中部を助手の大久保英一君と担当していた頃です。浜野の所長門馬さんから頼まれて娘さんを千葉支局のアルバイトに採用してもらいました。そこに、千葉大卒の渡辺支局員がいました。何とお二人が結ばれたのです。娘さんが生まれて、いま、宝塚で活躍しているというのです。縁というものは不思議なものだと、今更のように思います。

      あめのひの あさでした

   あまがえるが あっちからぴよん

   あじさいに あいました

   あ あじさいさん こんにちは

   あら あまがえるさん いらっしゃい

   あまがえると あじさいが

   あめのふるあさ あいさつして

   それから いっしょに

   あそびました

        くどうなおこ(一年生)

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2021年6月1日        ワクチン接種

 ワクチンは一日でも早く打ってもらった方がいい、いや、いろいろ弊害があるから打たない方がいい、打ってはならない、などなど、巷では喧しい議論が溢れています。どの意見もそれぞれ説得力があるので、こちとら、迷いに迷っています。予約開始の翌日、罹りつけのクリニックへ予約を取りに行ったら、何と、8月中旬になってしまいました。その翌日、練馬区の公共施設へ行ったら6月3日の11時に予約が取れてしまいました。つまり、明後日です。

 電車にもバスにも乗らず、人混みを避け、食料品の買い物以外は外に出ず、ひたすら蟄居に専念している日常であってみれば、感染する機会もないでしょう。「じゃによって、ワクチンは遠慮しよう」とも考えるのですが、問題は今後です。この先、どうあろうと、タイ・チェンマイへはどうしても行かなくてはなりません。5台目のキーボードを担いで少数民族の学校へ寄贈する無償の行為を続けねばなりません。「今度来るときは、ピアニカを持ってくるからね」と約束した子供もいます。

 問題はその時、ワクチン接種証明書がなければタイ国への入国禁止、となったとしたらどうすればいいのでしょう。更に、ヨーロッパやロシアのレニングラードへ行きたい希望も無視するわけにはいきません。世界のどこの国でもパスポートと共に接種証明書の携行が義務づけられるのではないでしょうか。それを思うと、巷に溢れる実しやかな意見に便乗して「接種を避ける愚」を犯したくないのです。そろそろ雨季があけるチェンマイの底抜けに明るい空を思い描きながら、明後日はチクリとする痛さに逢ってきます。

       俺がおととい死んだので

    友達が黒い服着こんで集まってきた

    驚いたことに おいおい泣いているあいつは

    生前 おれが電話にも出なかった男

    真っ白なベンツに乗って やってきた

    俺はおとつい死んだのに

    世界は滅びる気配もない

    俺はおとつい死んだから

    もう今日は何の意味もない

    線香てこんなにいい匂い  ー谷川俊太郎ー

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2021年5月31日    苗字・名前いろいろ      

 人の苗字・名前はいろいろで、何と読んだらいいのか、分かりかねる苗字の人もいます。朝日の編集局に五百騎頭さんがいました。イオキベと呼ばれていました。編集局には人の名前を簡略化して呼ぶ風習がありました。リクルート事件を掘り起こして 大事件にした社会部の山本博さんはヤマバク、熊本朝日テレビへ行った山本博昭さんはバクショウ、新潟支局長だった斎藤勝男さんはサイカチなどなど。

 仕事柄、東日本と山口九州を飛び回ったお陰で、沢山の奇妙なお名前に接しました。山口では無敵(ムテキ)さん。九(イチジク)さん。幸福(コウフク)さん。福島では本名(ホンナ)さん。会津の奥の奥には本名村があって、全戸がホンナさんです。極く最近まで都内木場の所長さんに田中紋右衛門さん、新潟三条には君島甚左衛門さんがいました。いまもお付き合いがあって、夏には市川の名物、大きな梨を送ってくれる甲斐十二月さんがいます。十二月、これはほとんどの人は読めません。トジツキさんとおっしゃるのです、、、閑話休題。
               

        メニューの上懐石と                                      特上懐石は どこが違うのかね

       お料理はどちも 同じでございます

       なら 違いは何なの?

       上懐石は漆塗りのお箸

       特上懐石は金の塗箸で

       お召し上がりいただけます

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2021年5月30日           耳鳴り

 帯津良一さんという医学者がいらっしゃいます。所沢の埼玉三敬病院などの大きな病院の経営者でもあります。東洋医学にも精通しているお医者さんで、末期がん患者に漢方薬を使うことでも知られています。この院長さんが医学随想を毎週一ページ、週刊誌「アサヒ芸能」に掲載していました。今は「週刊朝日」に連載は移っていますが、この1ページが面白くて、私は楽しみにしています。また、この院長さんが、奇しくも私と同じ年で、かつ、囲碁好き、音楽好き、お酒も大好きな人間であることも、惹きつけられている所以です。

 今週のページで、この院長さんが「耳鳴り」で悩んでいる、その顛末が書かれていました。耳鳴りの悩みは私とて同じです。私の場合は、遥か昔、中学生の頃、隣の席に並んで座っていた辻君という、いまでいう精薄児に、右耳を殴られ鼓膜が破られたことが原因です。殴られた瞬間、キーンという音と共に世の中が静かになりました。

 彼の家は、長野市のいわゆガンゼキ横丁という青い灯の点るところで、遅い仕事のためか彼は弁当をもってこないのです。その日、私は弁当を半分残し彼の前に差し出したのです。「俺の弁当半分食べてくれ」と。その瞬間、太い手が横面に飛んできたのです。校内の騒ぎとなりました。母親が謝りに来ました。爾来、鼓膜は人工再生されましたが、聞こえは悪く、年が経つにつれ、耳鳴りを覚えるようになりました。薬やら、漢方薬やら、一日18粒飲む錠剤やら試しましたが、一向に改善の兆しがありません。そうしているところへ帯津良一院長が、私と同じく、耳鳴りに悩んでいるという一文が週刊朝日に載ったのです。古今東西の薬剤に精通しているこのお方をして耳鳴りの薬がない、ということは、もうどうしようもない。死ぬまでこのままでいるより仕方がない、と、私は自分に言い聞かせることにしました。

 耳鳴りは不思議なもので、ピアノを鳴らしたり、何かに夢中になっているときは全く気になりません。無聊をかこっているとき、ぼんやりしている時に気になるのです。それはすなわち、そういう状態の時を無くせばいいわけで、気にならない時を自ら作り出し、それを連続させればいいのです。簡単なことです。 

 

        どこかに美しい村はないか

        一日の仕事の終わりには一杯の黒ビール

        鍬を立てかけ 籠をおき

        男も女も大きなジョッキをかたむける

        どこかに美しい街はないか

        食べられる実をつけた街路樹が

        どこまでも続き すみれ色した夕暮れは

        若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

        どこかに美しい人と人の力はないか

        同じ時代を共に生きる

        したたかさと おかしさとそうして怒りが

        鋭い力となって たちあらわれる

                 ―芝木のり子ー

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2021年5月29日       コロナの現状  

  一年で一番輝かしい季節も終わりとなりました。コロナの猛威は相変わらず収まりそうもありません。上位6か国は次の通りです

 アメリカー33、217、955  死者ー593,288  

 インドーー27、555、457  死者ー318,895

 ブラジルー16、342、162  死者ー436,674

 フランスー 5、697、076  死者ー109,327

 スペインー 3、663、176  死者ー 79,888

 ドイツ ー  3、673、990  死者ー 88,192

  これに対する日本はどうでしょう 感染者数ー735、234  死者ー12、691

  緊急事態宣言下にあるとはいえ、世界的にみれば、日本はまだマシな方でしょう。この数字を見て、世界オリンピック委員会も世界のスポンサーも、そして肝心のアメリカはじめ主要国も、日本での開催は可能と踏んでいるのでありましょう。

 問題は日本側です。選手・審番・大会関係者・報道陣など2万人を超える外国人が入国してくるのです。全員が全員とも無菌者であるとは、到底、考えられません。万が一、選手村でパンデミックが発生したら、日本の医療は、それを支え切れるでしょうか。そうでなくても医療崩壊が始まっているのです。7月は、あと一か月後に迫っています。      

      僕 ハエのオスとメス 見分けられるんだ

      どうやって?

      ワインと 鏡を用意します

      ?

      ワインの周りに集まるのが オス

      鏡に止まるのが  めす

2021年5月28日          読売よ、どうした?

 一昨日、朝日新聞は「オリンピック中止の決断を首相に求める」という大きな見出しの社説を掲載しました。全国紙、地方紙を含めて、オリンピック開催への疑義について態度を表明した新聞社は、朝日が初めてではないでしょうか。それだけに反響は大きく、波紋を広げているようです。朝日の提言の根底には、勿論、回を重ねた世論調査の結果を踏まえたものです。何しろ、78%の国民が「無理だ」、「中止か延期もやむを得ない」と答えているのですから。社説の舌鋒は鋭く、小池都知事、橋本委員長にも向けられていますが、何よりも菅総理が決断すべきだとしています。

 一方、国際オリンピック委員会のバッハ会長ほか関係者は、日本での開催を当然として、何とも能天気な発言を繰り返しています。どんな事態になろうとも、この委員会は金が入ってくればいいわけで、感染が拡大しようが、しまいが、どこ吹く風の態度を決め込んでいます。

 問題は朝日以外の全国紙、毎日、読売、東京、産経、日経などが、どういう態度にでるか、です。少なくとも、読売はオリンピック開催における自社の態度を鮮明にすべきです。歴史的に政府べったりの読売が朝日と同じ論調を掲げれば、さしもの菅総理も態度を一変させるのではないでしょうか。ITに押されてその権威がガタ落ちしている新聞社であっても、まだ、まだ、影響力は保っています。

 読売の96歳の主筆ナベツネよ、政府批判を大々的に行って世論を喚起したまえ。死に花を咲かせる、またとないチャンスなのですぞ。 

     

     「このクラスで 一番みんなが使う

      言葉は何でしょう? ハイ 匠君」

     「わかりません」

     「ハイ 正解です」

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2021年5月27日      長唄・岸の柳

 たまたま昨日、岸の柳の歌詞を掲載させていただきましたが、これは懐かしさのあまりでした。というの、私はこの長唄を三味線で弾いて唄えていたのです。東京目黒の目蒲線、西小山駅近くで私は産声を上げました。極く近所に、母の一番上の姉・登茂子と母の妹二人が住んでいました。伯母は長唄の名取りで、大勢の弟子を持っていました。父親の大きな下駄を履いて、毎朝、伯母の家へ行くことがもの心ついた私の記憶にあり、それは、そのたびに貰える「おやつ」が目的でした。その後、伯母は川崎で長唄道場を開きます。春と秋にはその発表会があり、その頃、大学生だった私は、そのたびに駆り出され、手伝わされました。一つ下の従妹玲子も駆り出され組で、美人の彼女に逢うのも楽しみでした。

 伯母は私に三味線を教えにかかります。音楽が嫌いでない私ですから、すぐ、のめり込みましたが、三味線はピアノと違って音は自分で作り出さねばなりません。幸い、文化譜というものがあり、それによって、「松の緑」や「岸の柳」が弾けるようになりました。ただ、長唄の声の出し方は独特です。歌が得意でない私ですから、次第に疎遠になっていきました。しかし、三味線については滅法詳しくなり、棹が紅木か紫檀か、二つ折れか、三つ折れか、金細か銀細か、皮は猫の四つか、犬皮か、胴が花梨か、詳しく鑑定できるまでになりました。すべて備わった三味線は100万単位で取引されていることまで知りました。同時に長唄と言えども古来からの名曲があることを知りました。「綱館」「勧進帳」「松の緑」「秋の種草」などなど、、、、これらの名曲に比べれば「岸の柳」は少し落ちるなあ、と思ったものです。

 いま、邦楽は全く影を潜めてしまいました。テレビで見ることも滅多にありません。ラジオでは昼の11時から邦楽の時間がありましたが、今も続いているのでしょうか? 東京芸大には邦楽部門がありましたが、生徒がほとんどいない、と聞いています。また、街中に邦楽教室の看板など、見かけることもありません。長唄をはじめとして、新内、常磐津、筝曲、端唄、小唄など、どこへ行ってしまったのでしょう?   

         

           長唄 松の緑 

   今年より 千たび迎ふる春ごとに なおも深めに

   松の緑か禿の名ある 二葉の色に 大夫の風の

   吹き通う 松の位の外八文字 派手を見せたる

   蹴出し褄 よう似た松の根上がりも            

   一つ囲いの 籠にもるる 

   廓は根引きの別世界

   世々の誠と裏表 比べごしなる筒井筒

   振り分け髪もいつしかに

   老いとなるまで末広を 開き初めたつ

   菜こそ祝せめ

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2021年5月26日         ビルゲイツの予言

 GAFA(ガーファ)と呼ばれている世界的巨大企業があります。グーグル、アップル、フェースブック、アマゾンがそれです。これらの創業者が一堂に会して、自分の経営方針などを開陳する講演会が年に一度開かれてきました。受講料は100万円とか。それにも係わらず押すな押すなの盛況だそうです。

 6年前のこの日、グーグルの創業者であるビル・ゲイツがこれからの世界で起こりうる危機についてこういう話をしました。「これから起こりうる世界の危機は核戦争でもない、新たな病原菌によって引き起こされる伝染病である。それに対応するワクチンを研究し、それを世界に敷衍させる仕事が一大産業になる。その準備をしようではないか!」と。

 いま、正に、この予言が的中し世界は大混乱に陥っています。なぜ、ビルゲイツが6年も前に今日を予想できたのか、ことによると生物兵器としての病原菌研究が秘かに進んでいる事実を知っての上での発言ではなかったのか? 憶測はさまざまに乱れ飛んでいます。幸か不幸か、6年前のこの秘かな講演会に100万円払って参加した日本人は一人もいませんでした。この発言に潜む重大性に気が付く日本人もいませんでした。

 そして、今の体たらくです。ワクチンはアメリカやイギリスの製薬会社に懇願し、やっとお裾分けにあずかっているありさま。自国内で生産しよう、ワクチン製造に国を挙げて取り組もう、という機運は全くゼロです。政府も、医学会にもその動きがありません。あまつさえ、オリンピックを強行開催しようとしています。まあ、仕方がないこととしてオリンピックの20日間をやり過ごしたあとは、国を挙げてワクチン開発に取り組んでもらいたいものです。なぜなら、今回のコロナ菌はイギリス型、インド型、ブラジル型と変異したように、やがて、日本型変異種が生まれてくるからです。

        長唄 岸の柳  (本調子)

    筑波根の 姿涼しき夏衣

    若葉にかえし 唄女が 緑の髪に風薫る

    柳の眉の流し目に その浅妻をもやひ船

    君に逢う身と 聞くさえうれし

    締めて音締の三味線も

    誰に磨くぞ 柳橋 糸の調べに風通う

    岸の思いも ようようと 届いた棹に (三下り)

    屋根船の すだれゆかしき顔鳥を

    好いたといえば 好くという

    鸚鵡返しの 替え歌も

    色のてには になるわいな

    しどもなや

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2021年5月25日        プリンター 

 今は昔、58歳の時、西部本社業務局長から朝日学生新聞社の専務に転出しました。その後、社長室に収まったものの、そんなに忙しいわけでもありません。その頃、全盛を極めていた「ワープロ」にのめり込みました。しばらくしてパソコンとプリンターの出現です。これを使えば自分で本が造れるかもしれないぞ、と思い立ち勉強を始めました。社業は前任で、私の親分でもあった海野社長の献身的なお陰もあって、順調すぎるぐらいに好調でした。

 キャノンのプリンターも優秀でした。A4の用紙8枚をセットし、両面印刷をすると32ページがページ順に印刷されて出てきます。鮮明な写真も思いのままです。これを8回繰り返すと240ページの束が出来ます。これを糸綴じし、ボールにクロスを張った表紙に固定させれば、一冊の出来上がりです。市売の書物に決して劣らない、味のある本が造れるようになりました。加えて、私は「モノを造る」ことが大好き人間です。根が職人なのでしょう、時を忘れて熱中したことも、しばしば、ありました。どれだけの本を作って来たことか、それはこのホームページのトップページを見ていただければ詳らかです。

 思えば、本造りは私の後半生に「生きる充実感」を与えてくれました。そして、それを可能にしてくれたのが、パソコンもそうですが、何といってもプリンターでしょうか。それもキャノンのプリンター。インクが高いのが唯一の難点ですが、今使っている4台目などは驚くほどの機能を内蔵していました。ところがこの4代目、数日前から故障しているのです。どうやっても紙を吸い込まなくなったのです。キャノンのお嬢さんに教わりながら修復を試みましたが、だめです。ひっくり返して油を差してみても効果が出ません。さしものキャノンのお嬢さんもお手上げとなりました。かつてあった西新宿のサービスセンターは既に閉鎖されているとのこと。本社へ送ってくれても修理代は14、000円かかるとのこと。それでは、、、と考え、2万円を超える5代目の新品プリンターをお嬢さんに頼みました。そのプリンターが今日25日、到着するのです。新しい機能を備えた機種が来れば、本造りの虫が、またまた頭を持ち上げてくるかもしれません。しかし、4代目のプリンターとは今日でお別れです。感謝の気持ちと共に屋根裏の積み重なった3代目の上にそっと重ねます。思えば私の半生を支えてくれたのはキャノンのプリンターでありました。ありがとう。 

       「機内食、もう一つもらえませんか?」

    「3000円いただきます」

    「高いなあ、1000円にまかりませんか」

    「1000円分お持ちします」

    もう一つ機内食を運んできたCA

    「いまのは冗談でした  たっぷり召し上がれ」

    この乗客はJAL以外乗らなくなった

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2021年5月24日       努力は実る 

 毎夕、5時になると地下室へ降りて行ってピアノに向います。今年1月の終わりからの日課です。10日ごとに一回につき3000円を払って先生に見てもらっています。ドボルザークのスラブ舞曲72-2は、友人との約束された曲ですが、毎回、先生を相手に高音部を弾いてもらっています。7月の練馬文化会館での発表会には、この連弾でいくつもりです。既に、その会費も納めました。

 ドビッシーのアラベスクとパスピエはどうやら上がり、いまはショパンのマズルカ41番です。マズルカは三拍目にアクセントを入れたら、との友人からのアドヴァイスがあり、そのようにしたら、どうやらマズルカらしくなってきました。この曲は実に甘美で大好きなのですが、終わりの数小節が実に難しい。先生に指摘されたのは複雑な音符の羅列の中に、主題になるメロデーが四回出てくる、それを意識して弾かねばならない、ということでした。確かに音符の羅列の中にそのメロデーは隠されていました。しかし、それを意識してその主題を強調して弾くのは実に至難です。どれだけ、反復練習したでようか。恐らく100回ではきかないでしょう。でも、毎日、飽きることなく繰り返したお陰で、それも出来るようになりました。「努力は実る」が現実になりつつあるのです。

 次は何をやろうか? ショパンのワルツかノクターンか、それとも全曲をあげたこともある「シューベルトの前奏曲集」か、シューマンの「子供の情景」か、ベートーベンの「悲愴」か、それとも「アンドレ・ギャニオン」か、迷う楽しみを与えてくれているコロナ様に感謝いたしましょう。 

    蝶々が一匹 緑をへりどり 飛んで行った

  いかにも 不慣れな飛び方なのは

  まだ 羽化したばかりなのだろう 

  あれは まだためらっているように見える

  緑を離れて 果てしない世界の広がりの中に

  飛び込んでいくことを

  私たちばかりではないのだ

  ためらいながら 広がる世界の  惑乱の中に

  飛び込んでいこうとしているものは なにも

  沸き立った緑の押し寄せる この季節には

  世界は 押しなべて緑の水際となる

  強い風が吹くと 波が立って もう少しで

  私のもとに届きそうになる

  押し寄せる 緑の波の

  はしが            ー谷川俊太郎ー

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2021年5月23日         見殺し     

 名古屋の入国管理局内で、一人の33歳なる女性が、この3月に死亡しました。女性はスリランカ人で、遺体を引き取りに来た肉親が、やせ衰えたその遺体に驚き、「どうして、こんな姿になるまま放置されていたのか」と日本を訴えています。

 調べてみると、確かに医者には見せたようですが、これという疾患がないのをいいことに、入院治療をさせることなく、点滴すら行われず、邪魔者扱いされ、苦しみながら異国の地で亡くなったようです。職を失い、家賃も払えず違法滞在をとがめられ、牢屋同然の入館内の独房に、ただ、押し込められ、苦しみながら死んでいったスリランカの一人の女性。なんとまあ、名古屋の人たちは薄情なんだ、と怒りすら覚えます。法的な事情からすれば、やむを得ないかもしれません。でも、どんな事情であれ、名古屋には一流の病院が沢山あるでしょう。せめて病院の一室で、栄養剤などの点滴を受け、日本人同様の治療を受けながらの死であるならまだしも、入国管理局内の独房で、孤独な死を迎えさせるとは、文化国家日本の恥ではないでしょうか!名古屋の慈善団体や、宗教法人は何をしていたのですか! 

 昔、名古屋に住む従弟の靖輝君と二人で四日市の温泉へ行ったことがあります。その晩、私は尿管結石を発症し、四日市から名古屋の日赤病院まで、深夜、タクシーを飛ばしたことがありました。いい病院でした。また、彼がガンを発症し、見舞に行った病院も、末期がんとなって移らされた病院も、とても良い病院でした。もし、スリランカの女性がそれらの病院で治療を受けていたら、こういう恥さらしな結果にはならなかったでしょう。金もない、身寄りも日本にはいない、スリランカから来られる親戚もない、母国に送り返したくても、法律が邪魔をしてできない、こういう外国人を名古屋は見殺しにしたのです。 

        おお 5月よ   4月の次よ

    春の日射しは既に遠く 梅雨の足音がする

    空は晴れたり 曇ったり

    おお5月よ 6月の父よ

    母親はどこだ

    屋根より高いこいのぼり

    屋根まで飛んで 壊れて消えた

    おお 5月よ 春の終わりよ

    うららかな日差しも 芽吹く大地も

    さようなら立春 今日は立夏

 
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2021年5月22日      電磁波新兵器 

 すべての電気製品は電磁波を出しています。電磁波は人間にとって有害と言われ続けています。私たちは電気製品に囲まれて暮らしていますが、幸い、それが微量であるため、大きな被害にならずに生活できているようです。一方、家庭生活を電磁波から守るため、遮断、あるいは遮蔽するための新製品が売り出されています。その品物は黒い幕のようなものなので、家庭内に張り巡らすのは、とても無理です。

 ところで、電磁波を武器として使ったらどうなるか? 敵兵に向って強力な電磁波を浴びせるのです。すると人間は電子レンジに入れられた状態となり、耐えがたい暑さを感じるようです。WB-1と呼ばれる強力な電磁波は人間の水分を瞬間沸騰させるからです。戦闘の最中、この新兵器が戦闘集団に浴びせられたら、堪ったものではではないでしょう。苦痛のため戦闘意欲がなくなってしまうでしょう。

 実は、電磁波を使う新兵器はアメリカ軍が既に開発して所持しているそうです。遅ればせながらごく最近、中国の「チャイナ・ポリーグループ(中国保利集団)」も開発に成功した、と報道しました。これはすなわち、これからの戦争形式は従来とは全く違うやり方になることを意味します。これからミサイルを発射しようとしている基地に、この新兵器が投下されれば、全員、発射作業どころではなくなるでしょう。

 ところで、私の家の二階の仕事場の窓を開けると電線が縦横無尽に走っています5メート離れた電柱にはトランスやらその他の器具が取り付けられています。室内には電気機器が所狭しと置いてあります。私は毎日、膨大な電磁波を浴びているに違いありません。でも、私のところの電磁波は悪さをしない種類なのでしょう。何しろ私は85歳まで生きながらえているのですから。

         われは見る 庭園の奥

    折ふしの 音なき花のちりかひ

    風のあゆみ 静かなる午後の光に

    去り行く優しき5月のうしろかげを

    空の色は やはらかに青みわたり

    夢深き樹には 啼く 空しき鳥

    ああ 去り行く五月よ

    われは見る 汝のうしろかげを

                 ー三木露風ー

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2021年5月21日        飯山 陽(あかり)さん

 東大大学院に籍があったあかりさんは、かつて中東のイスラム社会に居を移し実証的な観察を基に、数々の名著を世に問うた女性イスラム学者です。しかも、中々の美人。しばらく前の、彼女の「イスラム教の論理」は今も私の机上にあって、時に読み返しています。それによって分かることは、イスラエルのガザ地区を占拠し、連日、ミサイルを発射しているハマスは完全なテロ集団だ、ということです。目的はユダヤ人の殲滅、イスラム原理主義国の設立です。かつて、オサマ・ビン・ラデン指揮のもと、9・11事件を起こし、世界中を震撼させたISと、行動原理は同じです。

 ハマスが実行支配し、210万人のパレスチナ人が居住するガザ地区には、巨大な地下壕が建設され、ミサイルはそこから発射されているようです。イスラエル軍はパレスチナ人ではなく、多国籍軍のハマスを狙いたいのですが、目的の地下を狙いたくても、どうしても、パレスチナ居住区が邪魔になります。そのため、爆撃投下に当たっては沢山のビラが空中から散布されるようです。「次の狙いはそこだから、パレスチナ人はどいてくれ」と。それをよいことに、ハマスはパレスチナ人を隠れ蓑にしているとか。もともと、今回の騒動も土地争いが発端でしたが、イスラエル側がなぜ停戦勧告に応じないのか、その理由が分かる気がしてきました。 

 

       きらめく季節に 

  だれがあの帆を歌ったのか

  つかのまの僕に 過行く時よ

  夏休みよ さようなら

  僕の少年よ さようなら

  ひとりの空ではひとつの季節だけが

  必要だったのだ 重たい本

  少し雲雀の血の滲んだそれらの歳月たち

  萌ゆる雑木は僕のなかにむせんだ

  僕は知る 風の光の中で 僕はもう

  花々を歌わないだろう

  木苺よ 寮よ 傷をもたない僕の青春よ

  さようなら       ー寺山修司ー 

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