2021年5月21日 飯山 陽(あかり)さん
東大大学院に籍があったあかりさんは、かつて中東のイスラム社会に居を移し実証的な観察を基に、数々の名著を世に問うた女性イスラム学者です。しかも、中々の美人。しばらく前の、彼女の「イスラム教の論理」は今も私の机上にあって、時に読み返しています。それによって分かることは、イスラエルのガザ地区を占拠し、連日、ミサイルを発射しているハマスは完全なテロ集団だ、ということです。目的はユダヤ人の殲滅、イスラム原理主義国の設立です。かつて、オサマ・ビン・ラデン指揮のもと、9・11事件を起こし、世界中を震撼させたISと、行動原理は同じです。
ハマスが実行支配し、210万人のパレスチナ人居住するガザ地区には、巨大な地下壕が建設され、ミサイルはそこから発射されているようです。イスラエル軍はパレスチナ人ではなく、多国籍軍のハマスを狙いたいのですが、目的の地下を狙いたくても、どうしても、パレスチナ居住区が邪魔になります。そのため、爆撃投下に当たっては沢山のビラが空中から散布されるようです。「次の狙いはそこだから、パレスチナ人はどいてくれ」と。それをよいことに、ハマスはパレスチナ人を隠れ蓑にしているとか。もともと、今回の騒動も土地争いが発端でしたが、イスラエル側がなぜ停戦勧告に応じないのか、その理由が分かる気がしてきました。
2021年5月20日 小説「2034」
元NATO(北大西洋条約機構)のトップだったアメリカの海軍大将が、米中戦争をテーマにして書き下ろした小説「2034」は、いま、爆発的人気で、既に10万部が売れているようです。日本での発売は、まだ、未定のようですが、久々に買って読みたい本の一つです。
「国家は人間と同じように判断を誤り、自分の能力を過大評価します。核の使用まで踏み込んだら、そこに勝者はいません」
「中国が越えてはならないレッドラインの一つは尖閣諸島への攻撃、もう一つは南シナ海で任務にあたる米軍への攻撃です。南シナ海はアメリカにとって200年に亘るアジア地域との関わりの入り口です。中国が南シナ海は自分たちの所有であるとの行動に出た時です」、「ただ、台湾問題は微妙です。どこまで介入すべきか、大きな議論になっています」、 「しかし、台湾への攻撃は容易だ、という幻想を中国に抱かせてはならない。今、アメリカは軍事技術、サイバー攻撃対応能力、諜報面で台湾を支援していますが、日本もそうすべきです」
予想される米中戦争を回避する方法は? に対して回答は次のようです。
「中国は負ける戦いは始めませんから、アメリカに勝つ、という誤算が起きないよう軍事力の強化が必要です。二つ目は同盟の維持です。中国には真の同盟国はありません。アメリカには日本を始めオーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、インドなどとの強力な関係があります。最近のコロナのお陰で、ヨーロッパの各国が中国敵視政策に転じ、南シナ海での軍事演習に加わり始めました。三つ目は中国の攻撃によって、大規模な経済的被害起こりうることを、同盟国は一致協力して中国を封じ込めることです。四つ目はレッドラインがどこかを中国に説明できるコミュニケーション戦略です。そのためには中国と協力できる分野を見つけないといけない。したがって、AIの分野での技術協力を促進することです。これらが実行されれば十分な抑止効果が生まれ、中国は無謀な行動に出ないでしょう」
なるほど、なるほど、と思いました。この元最高司令官の名はジェイムス・スタヴィリデスさんとおっしゃいます。共著者は海軍特殊部隊出身のエリオット・アッカーマンさんです。
幼稚園の入園試験
試験官がモエちゃんに
モエちゃん この小母さん何かお話してくれる?
後ろの席に向って モエちゃん
この小母さん<何かお話して>って言ってるけど
当たり障りのない世間話でいいのか
筋道立てたお話がいいのか
お母さん 教えてちょうだい!
2021年5月19日 死海の書
イスラエルについて、いろいろ書き連ねてきましたが、最後にどうしても書いておきたいのは、私が学生時代に、イスラエルの死海の西岸に位置するクムランの11か所の洞窟から、当時、「世紀の大発見」とされた、古代聖書の文書が出土し、様々な論議が噴出した「事件」についてです。世界中の歴史学者が色めき立ち、中でもバチカンがその中心となり、その出土した古代文書のの真贋をめぐって様々な論議が交わされ、それは今でも続いています。何せ、2000年前に既にヘブライ語で書かれていた旧約聖書の現物が洞窟内の密閉された壺の中から現れたのですから、当時、世界中が色めき立ちました。私もその一人で、卒業論文にも取り上げました。卒論のもう一つの 参考書は、哲学者でキリスト者の 波多野精一の「時と永遠」で、枕になるほどの分厚い卒論が出来上がりました。
その発掘現場、クムランに到着した時は、流石に胸は高鳴りましたが、展示室や発掘現場を見るにつれ、やはり、私の卒論は正鴻を得ていたな、という思いでした。
古代キリスト教はアブラハムやモーセを救世主として発祥しその経典が旧約聖書です。キリスト・イエスが現われ、新しい宗派が出来上がっていきます。パリサイ派やサドカイ派などは、専ら批判の対象になります。ところが、どちらにも組しない、というかどちらからも相手にされないエッセネ派としてのクムラン教団が別派を構成します。この教団が秘かに羊皮紙などに旧約聖書などをヘブライ語で書き、後世のために洞窟内に保管したのが、次第に忘れ去られ、60年前にそれが発見され、発掘におよび、世界的事件になったのです。ただ、2000年の間には数々の盗掘があったらしく、すべて、金のために、遺物がすり替えられた形跡が顕著です。でも、中には2000年もの年月を耐えてきたものもあって、その真贋論争は今でも激しく行われていると仄聞します。 クムランの洞窟や展示館など、すべて見て回り、 遠く死海に目やった時、2000年以上続いてきた宗教と人間との不思議な縁に改めて深い溜息ををつきました。
2021年5月18日 何のための祈りか
報道によればイスラエルの紛争は、尚、苛烈を極めています。ガザのパレスチナ人の死者は200人を超えました。うち子供が59人、女性が35人。建物の損害、数知れず。4万所帯が怯えながら避難しています。それに反してイスラエル人の死者は10人。掲載した写真はイスラエルを構成するユダヤ人の、嘆きの壁に向っての祈りの風景です。黒装束に身を固め、熱心に壁に向って祈りを捧げています。まさか、パレスチナ人の殲滅を祈っているわけではありますまい。
この嘆きの壁広場は、日曜日はキリスト教徒、確か、土曜日はユダヤ教徒、金曜日はイスラム教徒で一杯になります。土曜日は写真のように黒一色ですが、金曜日も壮観です。髪を見せないようネッカチーフ姿の女性で埋め尽くされます。たまたま、その日に近くをバスで通りましたが、激しい交通渋滞に遭遇しました。
問題は、お互いの殺し合いがいつまで続くのか? です。ネタニヤフ首相はハマスをせん滅させるまで続けると言明しています。国連の理事会が停戦の勧告しようにも、理事国のアメリカが不賛成に回っているため、採決できないでいます。
イスラエルに居住する人たちは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の違いこそあれ、祈る心を持った人たちです。平和を願う人たちであるはずです。加えて、世界のほとんどの人は、イスラエルの夜空にミサイルが飛び交うのを悲しみをもって捉えているはずです。私とて同様です。
なお、四枚の写真は、イスラエルにタイ・チェンマイから同行した鍋谷淑子さんから事情を話してお借りしました。早速、応じて下さったので、即、掲載が可能となりました。ありがとうございました。
<嘆きの壁>
2021年5月17日 驚いた、写真がない!
二日に亘ってイスラエルについて書きましたが、文章だけでは足りない部分を写真を掲載しよう、と思い立ち、パソコンのピクチャーやドギュメントをひっくり返し始めました。ところが、ところがです。肝心の写真が見つからないのです。聖地の丘にそびえる「イスラムの金色のドーム」、何枚撮ったか数えきれない「嘆きの壁」その壁を前にした黒一色のユダヤ教徒の大群衆の写真、壁の一角の女性だけの祈りの写真、肝心要の聖墳墓教会、それに至るまでのビアドローザの商店街もの、なんと、それら一切がパソコンから消えているのです。残っていたのは当たり障りのない風景写真だけ、、、、、、イヤハヤ、驚きました。何者かが私のパソコンに不法侵入して秘かに抜きとったに違いありません。こんなこっとってあるのでしょうか?
IPADでも同じことが起こっていました。いつの間にか写真が年代、日付けごとに整理整頓されてるのは許せるとしても、イスラム、ユダヤ、キリスト教に関係する写真の一切が消えていました。今日のところは、怒り心頭を発するにとどめて、このよって来る所以を解明するつもりです。
*左上の写真は、古代ユダヤ人がローマ軍の攻撃を避け、マサダという山上に城を築いて、約3000人が籠り、戦いましたが、兵糧攻めに遭い、全員が自滅した、その城跡から撮ったものです。写真右側には塩湖である広大な死海が広がっていましたが、当時、飲料水はどうしていたのでしょうか?
2021年5月16日 死 海
イスラエルへ行ってみて分かったのは、そこが緑の生い茂るところなどほとんどない岩だらけの砂漠地帯だということでした。水源もガリラヤ湖だけで、広大な死海があっても水面下400メートルに位置しているため塩分濃度が高く、とても、飲料にはなりません。死海のホテルに投宿した際、塩湖に入ってみましたが、確かに身体が浮きました。口に含んでみたところ、何とも複雑怪奇な味がして、思わず吐き出してしまいました。その水を小瓶に入れて日本に持ち帰りました。その小瓶は今も、仕事場の机の上にあります。厳封してあるので、蒸発していません。思い出してはその一滴を口にして当時を偲んでいます。今も、拡大するイスラエル紛争が早急に鎮静化することを願いながら一滴を口にしました。いやはや、その苦いことといったら、、、、、
イスラエルの飲料水は、専ら、地中海の海水処理でまかなっています。それは、アラブ首長国連邦のドバイでも同じでした。海岸の至る所に海水をくみ上げる設備があって、モーターが唸りをあげていました。野菜果物の栽培もこの水を使っているようでした。バスで移動する際、緑が生い茂る農園を見つけるたびに、この緑が全土にゆきわったたりいいのになあ、と願いました。ただ、その風景が見られるのはイスラエルの土地に限り、パレスチナ領地に入ると、途端に荒地ばかりになるのでした。
両者の争いの元は、決まって土地収奪に発するのがこれまでの経緯です。イスラエル側の肩を持つわけではありませんが、決して強制収容ではないようです。法外な値段を払って売買しているのです。なぜなら、パレスチナ側の地主が売りに出すからです。パレスチナの土地は中国のような国家所有ではなく、あくまでも個人所有で、売買に特段の規制はないようです。何らかの理由があってパレスチナ人が土地を売りに出すとユダヤ人が金を出して所有地にする、その至極当たり前の商取引をハマスやファタファは許さないのです。両者の争いの出発点は何時の場合でも土地売買が絡んでいたようです。最も、イスラエルの野望がパレスチナ全土の土地買収であることも分かっていて、それが火の玉の応酬の原因の一つでもあるのです。
母よ 淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろの もののふるなり
はてしなき並木のかげを そうそうと風のふくなり
時はたそがれ 母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかって 凛凛と
私の乳母車を押せ
赤いふさある天鵞絨の帽子を
つめたき額にかむらせよ 旅急ぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり
淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知っている この道は遠く遠く
果てしない道 ー三好達治ー
2021年5月15日 パレスチナの惨劇
二年前の2月、イスラエル全土10日間の旅をしました。ガリラヤ湖畔からヨルダン川に沿って南下し、死海まで行きました。途中、ヨルダン川西岸のパレスチナの町での昼食の際、町中を歩いてみましたが、いたるところ落書きだらけで退廃の極みなのを見て驚きました。ヨルダン川西岸はパレスチナの自治区で、大きさは日本の三重県ぐらい、人口は240万人でファタファが支配しています。行くことは叶いませんでしたが、地中海寄りにパレスチナ領のガザがあります。広さは種子島ぐらいの大きさで人口は140万人。ハマスが支配しています。それ以外はイスラエルの支配下にあり、大きさは丁度、四国程度で人口は720万人ほどです。
過去、繰り返されたイスラエルとパレスチナの争いは、このところ激しさを加え、連日、ミサイルが飛び交っています。死者はパレスチナ側が119人。イスラエル側は7人。パレスチナ側が発するミサイルのことごとくがイスラエル側の迎撃ミサイルによって撃ち落されています。戦力差は歴然としているのに、戦闘が続くのは何故か?全く理解に苦しむところです。
イスラエルは、スイスと同じように国民皆兵です。武器は全家庭に配置され女性も兵士です。ある街かどで数人の女性兵士たちと遭遇しました。迷彩服を着て肩から弾倉をぶら下げ、銃を持ち闊歩していました。不謹慎ながら、そのカッコよさには惚れ惚れしました。思えば、パレスチナはアラファトの時代、オスロ合意が結ばれ独立寸前まで行ったのです。なぜあの時、パレスチナ独立の機運に乗ずることができなかったのか、なぜ、富裕国からの経済援助を断ち切る自助努力を惜しんだのでしょう。返す返すも残念でなりません。パレスチナを支配するハマスやファタファが、どんなに力んでみても今の世界の状態では同情を買うことはできないでしょう。コロナの惨劇の中で世界各国は自国のことだけで精一杯なのです。
われは草なり 伸びんとす
伸びられるとき 伸びんとす
伸びられぬ日は 伸びぬなり
伸びられる日は 伸びるなり
われは草なり 緑なり
全身すべて 緑なり
毎年かわらず 緑なり
緑のおのれに あきぬなり
ああ 生きる日の美しさ
ああ 生きる日の楽しさよ
われは草なり 生きんとす
草のいのちを 生きんとす
ー高見 順ー
021年5月14日 ワクチン通知
数日前、練馬区役所からワクチン接種通知が舞い込みました。でも、まだ封を切ってもいません。どうせ、大混雑しているでしょうし、急ぐ必要もないからです。なにせ、こちとら、電車にもバスにも乗らず、外出といえば食料品の買い出しか、たまの気晴らしに寿司屋その他に出かけるだけ。日常は十分な睡眠と栄養補給に心がけ、就寝時はクローブを2,3粒噛み、朝起きるとイソジンで嗽を繰り返し、喘息の薬パルミコートを口中に散布し、抹茶を仕立ててゆっくりと飲み、手と口の周りをアルコール消毒して食卓に付く、という動作を繰り返しているからです。加えて、仕事をしなくても厚生年金と、企業年金と、少々の蓄えのお陰でそちらの方の苦労はありません。心配事と言えば私の三男が夜の仕事をしていて、収入が激減し、「親父さん、、、、」と電話がかかって来ることぐらいです。
報道によれば、ワクチン接種の予約を取るため、電話もネットも大混乱している様子。しかも、騒ぎを大きくしているのは、市町村のトップが年齢を差し置いて、自分の地位を振りかざして接種を横取りしているとのこと。自分も医療関係者である、との言い訳は誠に見苦しい限り。自治体の長のこの横取りは、どうも全国各地で行われているとの報道。誠に日本的で、アサマシイと言わざるを得ません。自治体を収める最高責任者である以上、全住民の安全を確認したうえで、自分を処理してこそ責務を全うしたことになるのです。「武士道」正に廃れたり、でありましょう。名著・新渡戸稲造の「武士道」を送り付けてやりたい気持ちです。
*この雑文を書いてから、思い立って練馬区役所からの通知を開封してみました。入っていたのは、A4の用紙にして、何と11枚。全部理解するには数時間を要するでしょう。それでも、と思ってネット予約の仕方を見てみましたが、これがまた複雑怪奇。ネットを使い慣れている私でさえ、戸惑いの連続です。終いには面倒くさくなって投げ出してしまいました。イヤハヤでありまする。
遊びに夢中の3歳のモエちゃんは
急にお腹が痛くなった お母さんが言った
お腹を空っぽにしているから 痛くなるの
何かお腹に入れたらいいわ
数日後 遊びに来たおばちゃんが 「今日は
頭が痛い」と言った 「おばちゃん 頭が痛い
のは おばちゃんの頭が空っぽだからなの
何か 入れたらいいわ」
2021年5月13日 夕刊紙「おとなプラス」
情報の伝達手段が紙の媒体から、光の媒体に移って以来、全国の新聞の部数は激減の一途をたどり続けています。新聞社としての経営が成り立たなくなり、ほとんどの地方新聞社では、夕刊発行までは手が回らなくなり廃刊に踏み切っています。新潟県の地方紙・新潟日報もご多分に漏れず、今から6年前に当時2万200部あった夕刊を発行停止しました。
ところが、いま、当時の夕刊に代わる新しい紙の媒体「おとなプラス」が発行され、現在の発行部数が4万部を超えている、というから驚きです。この夕刊紙の目玉記事が、新潟市古町の芸妓の今昔物語であるとのこと、これも更なる驚きです。
古町とは新潟市のほぼ中心近く、狭い道の両側に料亭やら旅館、小料理屋が 密集する一角を指します。その中心に位置しているのが、壮大で古風な三階建ての料亭「鍋茶屋」です。最盛期での芸妓の数は約500人といわれ、日本海側の最大の歓楽街でありました。
現役の時、私は福島県の後、新潟県全県を担当させられました。本当は雪の降らない明るい地区を望んでいたのですが、当時の東北信越富山の担当部長が、私の親分の海野さんだったから仕方がありません。市振から親知らずまで約400キロもある新潟を担当してみて「日本海側には、それなりの優れた文化がある」ことを知りました。それは、太平洋側の福島、茨城、千葉にはないものでした。更に富山や能登半島、金沢を知るに及んで「越前、越中、越後」の人々はそれぞれ独自に構成された文化の中で生きてきているのを知りました。新潟古町も江戸や京都・大阪とは全く違う風合いを醸し出していたのを知ったのです。
担当期間中、二、三回、鍋茶屋での会合に上がらせてもらいましたが、芸妓の全員が赤いけだしに墨染の着物で日本髪という、何とも粋な装いでありました。三味線も紫檀や紅木の年代物でした。
いま、新潟の友人たちに聞くと、古町は寂れに寂れているようです。三階建ての鍋茶屋に灯が点るのは極く稀だそうです。なのに、「花街古町昔物語」が満載の「大人プラス」夕刊紙は4万分も発行されているのです。新潟の人たちは郷愁で生きているのでしょうか? この連載が終わった時は、この夕刊紙はどうなるのでしょう?
農村の過疎化現象は山口県と新潟3区が群を
抜いている 知ってた? ・・・・・・・・
強い政治家がいただろう 彼らは地元の山の
中まで舗装道路や 新幹線を作ってしまった
そうか、道路や、新幹線が出来れば
都会へ出やすくなる それで過疎になる
罪作りなご連中だったのだなあ
2021年5月12日 二つの道
道が二つあったら、易しい方ではなく、困難な方の道を選べ、と古来の格言にあります。今、正に日本は二つの道のうちどちらを選ぶか、重大な選択を迫られています。言うまでもなく、7月下旬に迫ったオリンピックを開催に踏み切るか、返上するか、です。世論調査の結果を見るまでもなく、ほとんどの人は「オリンピックは無理なんじゃないか、返上するべきでしょう」との意見のようです。政府を含め担当者は「どうあろうと、万難を排して開催する」との意気込みです。
大勢の選手や、その関係者が集まれば、中には変異ウイルスの保菌者もいるわけで、選手村ではクラスターの発生は免れないでしょう。各く都道府県では医療崩壊が始まっているのですから、選手村でクラスターが発生しても打つ手は限られているでしょう。どんなに注意を払っていても、相手は変異ウイルスですから、日本の医療はお手上げになるのは目に見えています。オリンピック返上の道を選べば、現状のまま推移するわけで、未知の怪物に遭遇せずに済ませるのも目に見えています。
さて、日本はどちらの道をとるべきでしょうか? 私は、私は日本国は敢えて困難な道を選択すべきだ、と思っています。つまり、万難を排して開催に踏み切るのです。なぜなら、格言に「困難な方の道を選べ」とあるではありませんか。時代がどう変わろうと、昔からの格言は今も生きている、と思うからです。理由はただそれだけです。大勢の死者が出るかもしれません。未曽有の国難が待ち受けているかもしれません。それでも、尚、私は格言を信じて疑っていません。
困難に遭遇したときの、日本国の底力は戦争に負けた時にも発揮されました。私はそれを信じ、敢えて世論に逆らう意見を開陳させていただきました。
青いお空のそこ深く 海の小石のそのように
夜がくるまでしずんでる 昼のお星はめにみえぬ
見えぬけれども あるんだよ
見えぬけれども あるんだよ
散ってすがれたたんぽぽの
河原のすきに だアまって
春がくるまで かくれてる
強いその根は めに見えぬ
見えぬけれども あるんだよ
見えぬものでも あるんだよ
ー 金子みすゞー
2021年5月11日 聖書予言
人類のほとんどは、100年経たないで死んでいきます。人類が始まってから今まで、どれだけの人間が死んでいったことでしょう。でも、人間が存在している限り、今後生まれてくる人間の数は死者より多いはずです。
しかし、聖書によると、ある時、未曽有の艱難辛苦の時代が訪れ、地球上に生存する人類は三分の一に激減すると予言されています。その時は、200近い地球上の現在の国々は僅か10に統一され、ある国がすべての支配権を握る時、とされています。現在の地球上の全人口は75億人、これが25億に激減するとの予言です。その時は、大空に火の玉が飛び交い、疫病が蔓延して約50億人が死に絶える、というのです。聖書の予言ではその時を、<艱難辛苦の時代>と呼び、7年間続くと記されています。イエス・キリストがその時再臨し、全世界のクリスチャンを天上に引き揚げるとも書かれています。実際、聖書のエゼキエル書や黙秘録を開くと、すべて、比喩に依る表現ではあっても、2000年前の予言が現実味を帯びて迫ってきます。
もう一つ、エゼキエル書にある予言の一つはイスラエル攻撃に対するものです。ユダヤ人抹殺のため、イスラエルの真北に位置する「ゴブ」という国が二つの国を引き連れてイスラエルを襲います。エルサレムと北極を直線で結ぶと、その真下に位置するのはロシアのモスクワです。内紛が泥沼と化したシリアは、いま、ロシアの仲裁が入り小康状態にありますが、それを手助けしているのがトルコとイランです。最近国交を回復したアラブ首長国連邦などアラブ3か国以外はイスラエルに対し並々でない嫌悪感を抱いています。ユダヤ人を地上から抹殺したい、という中東諸国の隠然たる願いはロシアが主導する、と聖書は予言しています。
いま、世界の脅威になっているコロナという疫病の猛威は、依然として止まる気配がありません。ワクチンがあってもコロナの本体は次々に変異し、新しい脅威となっているからです。私は秘かに思います。聖書の予言がいよいよ始まったのではないか?と。すると、終焉するときは、中々やってこないのではないか、と。やがて世界の空に火の玉が飛び交うのではないか?と。
少なくとも大学で歴史を専攻した者が、何で、そんな空論に振り回わされるのか、と思われるでしょうが、仕方がありません。聖書に記された予言は、これまでもほとんど成就された以上、これからも在りうるのではと思うからです。
若草の上を歩いているとき
私の靴は白い足跡を残してゆく
細いステッキの銀が草で磨かれ
丸めて脱いだ手袋が宙におどっている
ああ一切の憂愁を投げ出して
私は柔和な羊になりたい
しっとりとした 貴女の首に手をかけ
新しい あやめおろしの匂いかいでいたい
若草の上を歩いているとき
私は5月の貴公子である
-萩原朔太郎ー
2021年5月10日 柑橘類
私には変な性癖があって、この時期になると、夏ミカンが無性に食べたくなるのです。有難いことに、スーパーへ行けば、いつ行っても柑橘類が店頭に並んでいるのですが、変に甘酸っぱいものばかりで、純粋に酸っぱい「いわゆる夏ミカン」に遭遇するのはごく稀です。昔、伊豆に別荘を持っている知人が、「酸っぱくてどうにもならない」というミカンの木が植わっていて、「良かったら、獲って送ってあげる」といって、大きな段ボール一杯送ってくれました。口がひん曲がるほど酸っぱい一件を、私は大事に、大事にいただきました。毎年、6月の初めになると熱海で囲碁の会が開かれていました。ニューフジヤホテルを抜け出し、近くのスーパーバリューへ行って伊豆でとれたに違いない夏ミカンを宅配してもらうのが常でした。
柑橘類の中には、酸っぱさはそうでもないが、芳醇な香りと高雅な味を持つものがあります。その筆頭が「土佐の文旦」と熊本の「晩白柚」でありましょう。いずれも、子供の頭ぐらいの大きさですが、これらは町のスーパーではお目にかかれません。果物専門店へ行けば、温室ものを含めていつも置いてありますが、何しろ高価ですから高嶺の花です。タイ・チェンマイでも見かけましたが、品種改良がなされていないためか、味はズンドウで美味しくありませんでした。
山口県の萩の市内を次男家族と歩き回った時です。どの家の庭にも夏ミカンの木が植わっていて黄色い実がたわわでした。長州藩時代、時の藩主が副業として奨励したから、という説明がありました。「そうか、吉田松陰も高杉晋作も、そして明治維新を起こした長州藩士たちは、子供のころから夏ミカンを食べて育ったのだ、ミカンのお陰で、酸いも甘いも分かる優秀な人材になれたのだ」と変に納得出来ました。
この憂いなく 開いた薔薇の
内海に映っているのは どの空なのだろう
見よ どんなに薔薇が咲きこぼれ
ほぐれているかを ふるえる手さえ
それを散りこぼすことができないかのよう
薔薇には ほとんど自分が支えきれないのだ
その多くの花は 満ち溢れ
内部の世界から 外部へとあふれでている
そして外部はますますみちみちて
圏を閉じ ついに夏全体が
一つの部屋に 夢の中の一つの
部屋になるのだ
ーライナーマリアリルケー
2021年5月9日 手 紙
長野高校同窓会「北七会」事務局から、7月の開催は今年も見送る、ついてはこの会も今年をもって終了する、という通知が舞い込みました。そうだろうなあ、潮時だろうなあ。と納得するものの、何とも寂しくて仕方ありません。毎年、長野市犀北館に4,50人が集まり、記念写真を撮り、テーブルを囲んで歓談した会は、それなりに意義のあるものでした。思い余って、次のような手紙をしたため、会長の若麻績君に送ることにしました。彼とは柳町中学校で、白鳥先生の元、同じクラスで三年間過ごした仲です。長野市内中学校対抗バレーボール試合で、私が前衛センター、彼がライトで優勝した仲です。善光寺の淵之坊の住職で、大僧正の次の位にあった時もありました。どんな返事が来るか楽しみです。手紙は次の通りです
前略、中沢信男です。お久しぶりです。北七会が今年も休会となり、今年をもって北七会を終了する旨のハガキをいただきました。残念ではありますが、今は正にそのタイミングであり、「やむを得ない決断」であったに違いない、と理解します。長い間、本当にご苦労様でした。そして、大兄が会長であったればこそ、ここまで続いてこれたことに、改めて思いを致すと共に、今までの並々ならぬ大兄のご苦労に改めて、衷心より感謝いたします。
ただ、そうなってみると、故郷を離れている我々にとって、一緒に学んだ旧友に年一回でも会って歓談する嬉しい機会が永久に失われるわけで、寂しさはこの上もありません。そこでお願いです。従来の北七会の煩瑣な会計処理、弔事、見舞い、会報発行などすべてを終了した上での、ただ、七月第二土曜日、犀北館に集まって談笑するだけの集まり、仮称「北七長寿会」を作っていただけませんか? 通信費、会食費などその場において兵隊勘定で処理しましょう。そして、この会は最後の二人になって始めて解消することに・・・・当然ながら最後の一人は若麻績会長、もう一人は私め・・・・・
東京北七会にもゴルフ会が出来ていて、多い時は30人ぐらいが参加していましたが、宮沢、長沢、倉石、山崎と去り、医師の清水までもが幽冥境をことにしました。でも、人間の身体は120歳まで生きられるように、神さま、仏さまが造って下さっています。「50、60、花なら蕾、70、80働き盛り、90になって迎えが来たら、100まで待て、と追い返せ」とあるではありませんか! 北七会の中にも、恐らく100〇歳まで生きる会員がきっといることでしょう。「北七長寿会」を生きている一つの慰めにできたらいいなあ、と思うのです。
若麻績侑孝 様
可愛いひと さあ一緒に行きましょう
この朝 太陽に向って
深紅のドレスをあらわにしたあの薔薇の花が
この夕べ その深紅のドレスの襞を
また あなたに似たその顔色を
失っていないか 見るために
ああ! ごらんなさい 可愛い人
薔薇の花は 同じ場所で 輝きを失っている
美しさは朝から夕方までしか続かない
薔薇の 持っている宿命 さあ あなたも美しく
開いているいるうちに 摘まれてください
みずみずしく、美しく輝いている間に
ーピエール・ロンサールー
2021年5月8日 WHO・6月総会
コロナワクチンの接種が世界的に進んでいるとはいえ、感染者はますます、増加傾向にあります。殊に、インドで発生した二重変異種は世界的な規模で蔓延しつつあります。この変異種は殊に若年層に対し猛威を振るいつつあるようです。感染者、死者が多いのは依然としてアメリカで、感染者は3,200万人、死者は57万人です。続いてインドの2000万人、死者22万人。ブラジル1500万人、死者40万人と続きます。日本は60万人、死者1万人ではありますが、世界の趨勢から見れば、その十分の一ほどで推移しています。
最大の疑問は中国の数字です。新聞発表を見ても、ネットの統計数字を見てもこの半年余り同じ数字が並んでいます。感染者10万2530人、死者4846人!
感染の発生国でありながら、しかも、14億5000万人の人口を抱える国が、毎日同じ数字であることは絶対にありえないはずなのに、平然として同じ数字を世界に向って発表している!この言論統制が欺瞞であることが分かっていても、どうすることもできないでいる国連やWHOは、一体、何モノなのでしょうか?!
この6月、WHOの総会が開かれるそうです。この席に台湾を招待することを世界各国は諸手をあげて賛成しています。なぜなら、台湾がコロナの感染を水際で食い止めることに成功しているからです。その、ノウハウを各国は知りたがっているからです。もう一つ、台湾は中国武漢で発生した生物兵器としての隠された秘密を握っているから、という側面もあるからです。
これに異を唱え、猛反対している中国。6月、どうなるか? 最大の山場が訪れます。
どこにこのような内部を包む
外部があるのだろう どのような傷に
この柔らかな亜麻布はのせるのだろう
この憂い知らぬ 咲き切った薔薇の花の
内湖にはどこの空が 映っているのだろう
ごらん 薔薇はただそっと
花びらと花びらを触れ合わせているだけ
ーライナマリアリルケー
2021年5月7日 三権分立の弊害
リーダーが、例え、お粗末であっても、日本国は戦後、世界でも稀な発展を遂げてきました。それは、ある意味で優秀な官僚機構に支えられてきたからでありましょう。国家公務員試験は司法試験と並んで、最も難しい登竜門の一つです。日本国の戦後は、最高の頭脳集団に依って支えられ、発展して来た、と言えるのではないでしょうか。日本は戦争に負けた時から、民主主義国として存続してきました。民主主義の基本は三権分立です。司法、立法、行政と明確に分かれました。優秀な学生は司法と行政に籍を置きましたが、何故か立法には立ち入ることが出来ませんでした。なぜなら、選挙という難関があったからです。地盤と看板、そして金が必要だからです。
同志社大学神学部を出て、外務省に入り、分析官にまでなった佐藤優は、いま、硬派の評論家として活躍中ですが、彼によれば日本の外交を支え、外務大臣や内閣府を陰ながら支えているのは、優秀な外務官僚だったK氏やS氏やM氏だそうです。なぜ優秀な彼らがトップとして君臨できないのか?それは、選挙にによって選ばれた人間でないからです。そこに大きな矛盾を感ずるのは私だけでしょうか?
最も優秀で、リーダーとしての資質を十分に備え人間は行政府にはゴマンといるらしいのに、制度上リーダーにはなり得ない、という現実。三権分立の弊害の一つではないでしょうか?
誰もが時には必要とし
誰もが 時には与えたがるのが
アドバイス
だが 誰もがほんの少ししか
受け取らないのもアドバイス
だから 君にアドバイスしておく
アドバイス するな!
2021年5月6日 リーダーの条件
人が集まるところ、自然にその群れを統率するリーダーが生まれます。猿の群れと同じです。群れを外敵から守り、内輪の争いを排除して、群れを存続させていくために、最も優秀なものが自然発生的にリーダーになっていくのです。
人間社会では組織で動いているため、学歴や年功序列が災いして、必ずしも最も優秀なリーダーが組織内に生まれるとは限りません。まして、国の政治を動かす者は選挙によって選ばれますから、立候補した者に限られます。リーダーたる資質がなくても親や、兄弟が政治家であったため、周囲から押されて議員になっているものが、国会や地方議会に、何と多いことか! リーダーたる資質を備えていないのに、大きなツラを晒している議員の何と多いことか!
その昔、木下藤吉郎は主人の草履を懐に入れて温めていたことから、あれよ、あれよという間に出世して豊臣秀吉になりました。ということは、彼にはリーダーたる素質が備わっていたからでありましょう。すなわち、明確なビジョンを持っていたか、それを広く提示することが出来ていたか、全体の状況を管理し、指導出来ていたか、適切な人材配置や、人間関係に配慮できていたか、部下から信頼されていたか、などなど、リーダーたる条件に及第点をとっていたからこそ、日本国の頂点に君臨できたのでしよう。
翻って、同じ小男で猿面患者の現総理菅義偉はどうか? 心からにじみ出てくる明確なビジョンが感じられるでしょうか? グループ全体を管理し、指導出来ているといえるでしょうか? 未曽有の危機を乗り切る気概が、彼の演説から感じられるでしょうか? プロンプター原稿に目をやりながら、虚ろな目つきで、ぼそぼそと演説する彼の姿に国民の誰が感動するでしょうか?
「1億2、600万人の日本国民のために、命を張ってでも俺はやる」という情熱の迸りがを彼の言動から感じられない以上、これは、あってはならない選択であったのです。大臣の席をいかに多くとるか、の派閥争いの中での、利権の選択の結果生まれてきた、単なる場合の処置としてのリーダーなのです。
コロナの止まること知らない蔓延といい、オリンピックといい、経済の停滞といい、日本は、いま、未曽有の危機の渦中にあります。真のリーダーの登場こそが、日本国の喫緊の課題です。
不 向 東 山 久
薔 薇 幾 度 花
白 雲 他 自 散
名 月 落 誰 家
ー白居易ー
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