最近のエッセイ(58)

2021年1月27日     時のうつろい

 銀座四丁目から三丁目に向かう裏通りの一隅に、辺りには珍しい木造二階建てのおでん屋がありました。稲垣さんという粋な女将さんがいて、二階の何室かの和室が我々業務局員のたまり場でした。そこには電通の社員も、社長の吉田秀雄さんも見えていたようでした。ある時、稲垣女将から吉田さんがここで書いたという「電通鬼十則」という筆字の巻物を見せられました。筆字はお世辞にも上手ではありませんでしたが、勢いのある字で、そこには猛烈な社訓がしたためられていました。

 参考になるので、その十訓を掲載しておきます。これを真似てか、朝日の編集局にも「鬼三訓」が出来上がったようです。「歩け、書け、寝るな」です。その朝日新聞社も今期は赤字に転落です。コロナの禍の大きさは、計り知れないようです。        

              電通鬼十訓

1)仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。
2)仕事とは先手先手と働きかけていくべきで、受け身でやるものではない3)大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれをちいさくする。
4)難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5)取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは。
6)周囲を引きずりまわせ、引きずられるのとでは天地の開きができる。7)長期の計画を持て。忍耐と工夫と正しい努力と希望が生まれる。
8)自信を持て、自信がないから君の仕事には迫力も粘りも厚みすらない。9)頭は常に全回転、八方に気を配って一分のの隙もあってはならぬ。
10)摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。

2021年1月26日     落ち目の電通

 私が数寄屋橋の隣の旧朝日新聞社に入社した頃、電通は数寄屋通りを少し行ったところの、さして大きくないビルで営業していました。今の西銀座デパートが出来るにつれ、今のコリドー街は電通の仮営業所になっていました。ラジオ・テレビ局があって、視聴率調査などをアルバイト学生を使ってやっていました。私もその一人でした。同期の五木寛之もその一人で、彼の髪型はその当時も、今も一緒です。しばらくしてコリドー街は飲食店ばかりになり、数寄屋通りのビルもなくなり、電通本体は築地の聖路加病院傍のビルに移ります。そして間もなく、新橋の膨大な操車場跡地が再開発され、「汐留副都心」として高層ビルが林立します。ナショナルのビルの横に壮大なビルが電通の現在の本社ビルになりました。

 ところが、このビルがいま売りに出されている、というから驚きです。一体どこに移るのか、と言えば、ビルを買ってもらってそこに賃貸でいさせてもらうらしいのです。コロナ禍のこの一年、広告が極端に悪いとは聞いていましたが、巨大企業に成長した電通が、自己資産を売却しなければならないほど、追い詰められていたとは! (続きは明日書きます)

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       じじいと ばばあが

   だまって 湯に入っている

   山の湯の くずの花

   山の湯の くずの花



2021年1月25日    やんぬるかな

 昨日行われた世論調査によると、現政権の支持率は30%を割り込みました。発足当時は70%近くあったのにです。コロナの感染率が一向に減らない現況ではそれもやむを得ないかもしれません。世論というものはある意味で単純です。現状が改善しなのは政治のせいにしてしまうのです。

 規制措置を守らない事業者の存在を黙認しながら、すべてを政治のせいにする国民の側にも問題はあるのですが、国民はすべての責任を政治のありように、責任を転嫁しようとしています。

 問題は金です。困っている人々に対する金の手当です。国家はそのためにある、と私は思います。医療従事者に対し、コロナ患者を受け入れてもらう病院に対し、思い切った金の手当を政治主導でする、それこそが政治ではないでしょうか。人の命を救うためなら国家財政が破綻に追い込まれようと、敢然として金の出費を厭わない、そういう国家のありよう。それがいま問われているのではないでしょうか。

 今の菅総理にそれだけの決断ができるか? 残念ながらそれは無理というものです。番頭であった小粒の人間にそれを望むのは、所詮、無理というものでしょう。思い切った財政出動!それを期待しても、小粒の人間にはそこまでの頭が回らないのです。

 今、日本は未曽有の危機に瀕しています。オリンピックの開催の是非を含めて伸るか反るかの状況にあります。世論はいま、現政権ではダメだとすでに烙印を押したのです。それが29%の世論調査に如実に表れているのです。だからと言って、今の自民党にこの未曽有の危機を乗り越えるだけの力量を持った政治家がいるでしょうか? 見渡す限り、この人こそ、という人材が見亘りません。石破も、岸田についてもこの未曽有の危機を任せられる人材とは決して言えないでしょう。いわんや野党においても言わずもがな、でありまする。

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        北極にいて 四本の足が長くて

   首も長くて 全身が黄色い動物

   なーんだ?

   わかんない

   迷子になった キリン!


2021年1月24日      ままならない 

 予報では関東地方に降り続いている雨は、夜半から雪に変わり、5センチほどの積雪になるというので、楽しみにしていましたが、残念ながら、いまもって小雨が降り続いています。それも冷たい雨です。上越地方の奥では2メートルの積雪で苦しんでいるというのに、何という天候の不条理でしょうか。雪国の人々に申し訳ない気持ちです。

 一昔前までは、家のすぐ傍の関越道路はスキーを乗せた車がひっきりなしに通っていました。今は全く見かけなくなりました。何故なのでしょう? 用具を宅急便で送っているのでしょうか?それともスキー場にある、用具貸出店を利用するのでしょうか? 全く、不可解です。同じことは夏の登山でも言えます。秋の終わり、谷川岳へ行ったとき、土合の駅でも、天神平をロープウエイで上がる時も、そして降りてくる時も、一人として登山者を見かけませんでした。一昔前なら土合駅は登山者でごった返していました。上越線も、また、アルプスへ向かう新宿駅の中央線も登山姿の若者たちで賑わっていたのに、です。テレビの「チコちゃんに叱られる」ではないけれど、国民の皆様に問います。「最近、登山姿の若者を電車の中でみかけましたか?」「ナイ、ナイ、ナイ」でありましょう。何故なのでしょう?理解に苦しみます。

 最近行われた大学入試の「共通一次」の問題の全部が新聞紙上に載りました。暇に任せて国語と英語と歴史の何問かに挑戦してみました。数学は? これは端から駄目です。いや、難しいこと、難しいこと、翌日の紙面に解答が出ていましたが60点程度を取るのがやっとでした。これでは若者たちが登山をしたり、スキーを楽しんだりする時間はないはずだ、と一人合点した次第。

 一方、大学を出て企業に入っても、仕事が激務でスキーをする暇などとてもない、という状況があるから、関越道路にスキーを積んだ車を見かけなくなったのでしょう。そして、若者たちは、暇さえあればパソコン画面でゲームに興じているのでしょう。余暇の使い方に変化が生じてきたのは、ここ25,6年のことではないでしょうか?すなわち、パソコンが出始めたころと一致します。私もそうです。スポーツジムへ行かなくなり、もとよりスキーとも登山とも無縁になり、ひたすらパソコンを前に座る日常が続いている、、、、

 そうだ、パソコンから離れよう! ジムへ行こう! スキーに出かけようと思っても、今日は雨降り。ジムへ行けばコロナ感染。スキーに一緒に行ってくれる友たちは既にあの世。人生、全くままなりませぬ。  

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  「ノーポイ運動 ノーモレおむつ

    ノーパン喫茶 ノーモレ原発、、、」

  「ノーサツデパート」

  「なんだ? それ」

  「支払いは カードオンリー」

2021年1月23日       罰 則

 非常事態宣言を発したにも拘わらず、一向に感染者数が減らないばかりか、感染者が増えて、医療崩壊寸前に追い詰められていることに、政府は業を煮やしたのでしょう。罰則の強化という手段を取り始めました。感染者が入院を拒否するだけで懲役か罰金刑が言い渡されます。飲食店が午後8時以後も営業すると、店名が公表され、懲役か罰金刑が言い渡されるそうです。

 これを知って私はイソップ物語を思い出しました。北風と太陽が、一人の人間の外套を脱がす賭けに挑みます。北風は、ここぞとばかり寒い風を人間に吹き付けます。寒さに怯えた人間は更に外套を着こんで縮こまります。今度は太陽の出番です。太陽は徐々に光と熱を人間に当て込みます。暑さに耐えかねた人間は外套を脱ぎ捨て、この勝負は太陽の勝ちになりました。

 夜8時以降にも営業する飲食店の名前を公表したり、悪質の場合は罰金刑や懲役に科する、というのは北風同様の仕業ではないでしょうか。どうやって熱と光を与えるか、それをしてこその政治ではないでしょうか!一方、雇用を失って路頭に迷いだした人々が溢れ出しています。国家がお金を使うときは正にこの時ではないでしょうか! 国家というものは、同一の貨幣であるかぎり、いくらでもお金は印刷できるのです。いま、生活に困り始めた人々に、罰則や懲役を科すというのは犯罪も同然でしょう。政府の猛省を促すのはいまを置いてありません。見渡したところ、それを言うのは議員を外れた山本太郎だけで、今、この時こそ出番であるのに、野党の者どもにその力がありません。

 お金をどんどん刷りましょう。明日の生活に不安を抱える人々に与えましょう、貸し付けましょう。やがて税金でも戻ってくるのです、罰則や懲役や、名前の公表など、国民は総力を挙げて撤回させようではありませんか!政治は北風を吹かせてはなりません。あくまでも太陽であるべきなのです。     

 

       人情を知る 老人よ

       早く行って あの子供たちを

       戒めてやってくれないか

       知らなかったら 教えてやろうよ

       瓦を焼く土を そんなに手荒く

       ふるうものではないと

       国王の頭蓋や

       王妃の美しい両眼や

       王子のたくましい髪や

       君らの遠い先祖たちが

       君らが手荒くもてあそぶ

       土そのものなのだから

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2021年1月22日     疑心暗鬼

 ここ半年近く、私は電車にもバスにも乗っていません。出かけるのは、車で食料の買い出しに近くのスーパーへ行く位です。コロナに感染すると高齢者の場合は直ちに重症化すると言われています。私は紛れもない高齢者ですから、「感染、即、死」となるでしょう。いつ死んでもいいとは思っていますが、コロナに感染して死にたくはありません。そのため、僅かな人との接触にも疑心暗鬼になっています。「人を見たらコロナを疑え」という情けない精神状態が続いているのです。

 全国の主要都市圏では、いま、非常事態宣言が出されていますが、感染者減るどころか、日を追って増加しています。日本の場合は世界の主要感染国の十分の一程度の感染率に治まってはいますが、現在の調子でいけば、主要国の仲間入りをするのも、時間の問題でしょう。

 仲間と囲碁を打ちたい、旅にも出たい、「鬼滅の刃」も観たい、という欲望を抑えるのも、ソロソロ限界に達しつつあります。

 せめて、大型のパソコンが修理を終えて戻ってくれば、色々できるのですがそれもまだ、叶っていません。昨日は、「pcデポ」の担当者が我が家に見えて、大型パソコンのコードを取りに来ました。今更、接続コードを取りに来るとは何事か!と怒り心頭を発しながらも、丁寧に応対しました。お土産まで持たせてあげました。ワクチンの接種が始まるのが2月末とか。それを、信じるとすれば、接種の順番は医療従事者の次が高齢者になるとのこと。ワクチンの効果にも種々疑問があるようですが、私は率先して接種を受けるつもりです。そして、人間不信、疑心暗鬼の日常から一刻も早く抜け出たい、そう思っています。

 

    人類は永遠の平和を

       達成できるでようか?

    それは水平線と同じです

       ということは?

    近づいても 近づいても

            遠ざかります

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2021年1月21日            歴史のセオリー

 スイスの銀行を支配し、世界の金融を束ねるロスチャイルド一族の中の大物が死去した、というニュースが流れました。その昔「赤い盾」という上下2冊の本によりユダヤ人による世界の金融支配の現状を知り、驚くと共にその、底知れぬ動きにユダヤ人に対する認識を新たにしたことがあります。西洋史を勉強するにつれ、ユダヤ人を厚遇した国は栄え、排斥した国は衰える、という事実を知るようになりました。中でも、不思議に思ったのは、そういう流れが聖書に予言されていることでした。イギリスの産業革命以前、あろうことか、ユダヤ人のデズレリイがイギリスの首相になります。ときあたかも、エジプトがスエズ運河の株を売りに出します。それを察知した各地に散らばるロスチャイルドの子供たちが、イギリスのロスチャイルドに密かに知らせます。それは丁度デズレリイがロスチャイルドの家に遊びに来ているときでした。その動きを知った彼は即座に「その株、400万ポンドで買った」と叫びます。生憎、イギリスの国会は休会中で議会の承認は得られません。彼はロスチャイルドに400万ポンドの借金の申し入れます。「よかろう、して、質草はいかに?」デズレリイは叫びます「大英帝国!」これは有名な話です。

 その結果、イギリスはアフリカの喜望峰を回らずにアジア諸国に行けるようになりました。東洋に於けるイギリスの支配はここから始まったのです。栄えたイギリスは産業革命を成功させました。イギリスの繁栄はユダヤ人であるデズレリイを首相にしていたことから始まったのです

 翻って、つい昨年、アメリカのトランプは今まで敵対していたイスラエルとアラブ首長国連邦など、中東の3国との国交回復を実現させました。おそらく、世界中のクリスチャンが大喜びをしたはずです。なぜなら、中東の和平は世界の課題だったからです。

 では、イスラエルに良くしたトランうに幸運が巡ってきたでしょうか遭ったでしょうか? 残念ながら7600万標も獲得したのに、民主党側の不正選挙により大統領の座から降ろされてしまいました。では、聖書の予言は当たらなかったのか? 私はそうは思いません。トランプを支持する人々は、いま、世界中に広がっています。中国が介在して不正の限りを尽くし、バイデンに勝利させた流れは、必ず暴かれるに違いありません。世界人口の22%はクリスチャンです。バイデンはともかく息子のハンターバイデンは中国とずぶずぶの関係です。この先、必ずボロが出るでしょう。

 「イスラエルおよびユダヤ人に良くする者は、必ず栄える」これが聖書の予言であり、これまでの2000年、その通りになっているからです。歴史の不思議でありましょう。

          家のパパ この頃

      髪が薄くなってきたね

            ご苦労が 多いからよ

            じゃあ、ママはご苦労が

            ないってことだね

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2021年1月20日    森の中の一軒家

 1月中旬から2月中旬にかけての一か月が、一年中で一番寒い時期です。小学校から高校までの10年間を長野で過ごしましたから、寒さには慣れてはいるものの、私は,やっぱり、寒いより暑い方が好きです。寒さの極限を味わったのは厳冬期にスキーとアイゼンをもって北アルプスの唐松岳に登った時でしょうか。正月休みに乗鞍岳に登った時も寒かった。八ヶ岳山麓の清里でスキーをして負傷した時もマイナス16度を経験しました。

 ありがたいことに、ここ数年は最も寒い時期をタイ・チェンマイで過ごすことができていました。羽田でダウンをスーツケースに入れ、5時間後のバンコックに着くと、既に気温35度の真夏。長袖を人知れず脱ぎ捨て、チェンマイに着くと半袖に短パン。森の中の一軒家では窓を開けて寝ていても、夏とは違って蚊も虫も入らず快適そのもの。今年は悔しいことにそれが叶わないのです。なぜならタイは国を挙げて厳重な国境閉鎖をしているからです。

 チェンマイはタイ国の中でも高地に位置し、緯度は18度で、丁度、ハワイと同じです。乾季と雨季だけの気候で、雨季になると、毎日、夕立に見舞われます。豪雨が去ると西の空に見事な夕焼けが現れます。ブーゲンビリアや、家の前に咲き誇る白いトランペットが鮮やかに変身します。同時に、家から車で5分の、二か所の青空市場が賑わい始めます。たくさんの種類の果物や野菜の値段は驚くほど安い。窓を開け放ち心地よい夜風を入れ、シンハービールと地酒のウイスキーを飲みながら、テレビの日本語放送を見る、、、、昨年まではそれが出来ていたのです。もしも、もしも、コロナ騒ぎが来年まで治まらず、タイ国の国境封鎖が続くとしたら、、、、ああ、考えたくありません。

 

 年の初めに 夢売りは

 良い初夢を 売りに来る 

 そして やさしい夢売りは

 夢の買えない 裏町の

 寂しい子等の ところへも

 黙って夢を おいてゆく ー金子みすゞー

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2021年1月19日    河野太郎がワクチン担当

 国会が開かれ、菅首相が施政方針演説をしました。たくさんの項目について触れましたが、そこに熱意と勢いが感じられませんでした。青木理さんの言葉を借りれば、指導者としての資質に欠けているからです。命がけの熱意と決意がほとばしり出なかったからです。ただ、原稿の棒読みだったからです。目が死んでいたからです。セカンドフロアーに乗せられて、政略的に最高指導者に成ったからといって、番頭さんにそれを求めるのは無理かもしれません。

 ただ、ワクチン担当大臣に行革相の河野太郎を当てたことはヒットです。世界的に奪い合いが行われているワクチンンについて、二年のオックスフォード留学経験のある彼なら、その語学力を生かして早期導入を勝ち取ってくれる期待が持てるからです。棒読み原稿では2月末からワクチン接種を始める、とありましたが、世界の趨勢を見る限りそんな甘いものではないようです。

 成田空港を強引に作り上げたのは彼の祖父である河野一郎です。その息子の河野洋平が彼の父親です。早稲田出の洋平さんは穏やかな人柄でしたが、息子の太郎さんには、御祖父さんの剛腕の血が、きっと、受け継がれているはずです。「ワクチンの早期導入」これこそが焦眉の急である以上、彼ならきっと成し遂げてくれるでしょう。

 以前も書きましたが、朝日講堂で行われたある催しの表彰式で、洋平さんが来られず、奥様が代理でご出席になり、お隣に座ってお相手を務めたことがあります。和装の奥様は女性としては大柄でしたが、誠にしとやかそのもの、気品さえ漂っていました。太郎さんはこの方の子供です。しかも、父親に自分の肝臓だったか腎臓の生体移植を行った孝行息子でもあります。

 私は、彼が将来の日本国を背負う人材であることを確信しています。

 

        善悪を判断するのは

         生まれついた天性

     苦楽を享受するのは

         与えられた天命

     よくよく理性を巡らして

         考えてみれば

     天が悪を与えるときは

         憐れみながら

     苦に身を窶すときは

         おののきながら

     裁きの庭に おたちになって

        おられるのだぞ

        心すべきことです 

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2021年1月18日     オリンピックと人の命

 いま、どの人に聞いても「オリンピックは無理だろう」とおっしゃいます。私もそう思いますが、関係者である国際オリンピックも、日本のオリンピック関係者も、内心はともかく、開催を否定していません。早くも来月から聖火リレーが始まろう、というのにです。

 一方、医療崩壊が日本各地で叫ばれ始めました。重傷者を入院させることが出来ず、みすみす、死地に追いやり始めています。コロナ専門の病院は東京の場合、公立の三病院だけが指定されました。一般の病院はどうでしょうか。病床はかなりあるのに、コロナ患者を受け入れようとはしていません。民間病院の実態は、コロナ患者の受け入れを拒否しているのです。医療費の収益率の問題がそこに内在しているからです。かなりの数の病床が空いているのに、コロナの患者はたらい回しを強いられ、まともな治療を受けることができていない、これが東京はじめ各地の現状のようです。

 アメリカも、そして中国もそうですが、国家が率先して広い土地を使ってコロナ専門の病床を有り余るほど作り、対応しています。日本もそうすればいいのに、政治がプアーなため声高に叫ばれていても、その動きがありません。

 しかし、考えてみれば東京にはオリンピックの選手村があるではありませんか! 膨大な数のベッドが主のご來篭を待っているではありませんか!重症患者の隔離にはもってこいの施設が、沢山あるではありませんか! 

 いやいやながら受け入れているコロナ患者を選手村に集め、集中治療することが、東京では、やろうと思えばできるのです。

 国際オリンピック委員会は今年の開催の是非を、国連に委ねようとする動きがあります。日本としては、聖火リレーが始まる前に開催の是非の結論を貰いたいものです。おそらく、世界中の国々がオリンピックどころではない、となるのではないでしょうか? 日本としてはそうなるように世界の世論を誘導すべきです。オリンピックも大事ですが、それ以上に大切なのは人の命です。

         海の魚は かわいそう 

     お米は 人に作られる

     牛は牧場で 飼われてる 

     鯉もお池で 麩をもらう

     けれども 海のお魚は 

     何にも世話にならないし

     いたずら一つしないのに

     こうして  私に食べられる

     ほんとに 魚はかわいそう ー金子みすゞ

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2021年1月17日       線の美学

 今日の朝日新聞で画家の安野光雅さんの訃報が伝えられました。昨年12月24日に、既にお亡くなりになっていたようです。享年94歳。一年ほど前までは、産経新聞の一面で季節折々の絵を描いておいででした。

 その昔、安野さんの絵は、朝日の日曜版でも連載していました。柔らかいタッチながら季節を巧みに切り取った絵はいつも好評で、宣伝部長時代、大判のカレンダーを作り、読者サービスに使わせてもらいました。その打ち合わせのため、日曜版編集者と共に、安野さんご本人においでをいただき、社内のアラスカでお会いしました。その温厚なお人柄に接して、いっぺんに安野ファンになってしまいました。(その折、宣伝版に掲載するため安野さん直筆の原稿をいただきましたが、その本原稿は私が密かに持っています。ついでに明かせば、役職のお陰で入手した有名人の直筆原稿には、指揮者の岩城宏之さん、サザエさんの長谷川マチ子さんのものがあります。)

 特筆したいのは、安野さんのお描きになる線は実に美しく、色も温かいという点です。書道でも絵画でも線が綺麗でない人は、やっぱり表現者に向いていない、と私は予てより思っています。これは才能ですから仕方がないことです。安野さんのご冥福をお祈りいたします。

          

       ねばならぬ

       というほどの ことはなかろう

       「生きねばなるぬ」 など

       年を考えて ものを言え

       寝て起きて ささやかに食べ

       降りしきる 雪を見る

       それでよし というのも気障か

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2021年1月16日    弱った

 インターネットが繋がらなくなった大型画面のウインドウ10を「pcデポ」に持ち込んでから一か月以上経過しました。昨年暮れに富士通の修理へ出すからと言ってノートパソコンを貸してくれましたが、これは使い勝手が悪く、おまけに字が小さく、難儀しながらそれでも使っています。

 年末、年始を挟んで15日にはお渡しできるという約束のもと、今日「pcデポ」へ行きました。ところが、パソコンは戻ってきているがあと一週間かかる、とのこと。思い余って「pcデポ」その他をつかさどる本部へ窮状を訴えました。責任者が出て、調べます、とのことでしたが、いまだ、連絡がありません。弱ったものです。と、ここまで書いたところへ責任者から電話がありました。「担当者を替えて対応します、私が責任を持つから今しばらくのご猶予を」とのことでした。止むをえません。   

           暗いさみしい 土の中

    金魚はなにを みつめてる

    夏のお池の 藻の花と

    揺れる 光のまぼろしを

    静かな 静かな土の中

    金魚は なにをきいている

    夜のしぐれの あしおとを

            ー金子みすゞー

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2021年1月15日      半藤一利(2)

 彼が文芸春秋社に入社しての最初の仕事は、群馬県まで行って坂口安吾の記事をとることだったようです。泊まり込んで、酒を飲みながら人から人に会い記事をものした、と伝えられています。人に会う、人の話を聞く、それを総合して記事にする、それが半藤一利の原点と言えるようです。なぜ、日本に軍国主我が芽生え、近隣諸国を脅かし、大東亜戦争に突き進んでしまったのか、それを検証するために、彼は実に多くの人に会い、話を聞いたようです。そして、昭和天皇を神格化し敗戦に至った軍事指導者の無責任さを炙り出しています。

 丸山真男もここのところを克明に調べ、述べています。東京裁判では33人の軍事指導者が死刑になりましたが、32人の陳述は「私は上官の命令に忠実に従おうとしただけです。私に責任はありません」というものでした。最後の一人は「私の任務は天皇家の弥栄を維持することにありました」と自分の責任を回避しています。何故、日本に軍国主義が台頭し、無謀ともいえる戦争に突入したのか、半藤一利はおそらく数千人の関係者に会って、その無責任体質のよって来たる所以を解明しようとしたのです。

 現上皇の天皇ご夫妻も半藤ファンであったようです。度々、後輩の保阪正康と一緒に皇居に伺い、歴史の裏話をご進講ではなく雑談をして時を過ごされたようです。現上皇ご夫妻は歴史の話が大変お好きだったとか。

 12日朝の突然死に不信を抱き、調べてみましたが、コロナでもなんでもなく、どうやら本当の老衰死のようでした。数時間前まで奥様と会話をされたようでした。奥様に看取られての突然死。ほんの少しの苦しみだけで次の世へ逝けて、ある意味、幸せだったのではないでしょうか。

 

       半藤一利(はんどうかずとし)

   1930年5月21日生まれ

   2021年1月12日(90歳没)

   新田次郎文学賞 山本七平賞

   毎日文化特別賞 菊池寛賞

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2021年1月14日        半藤一利(1)

 半藤さんがお亡くなりになりました。日本のジャーナリストであり、優れた歴史研究家であり、作家でもありました。中でも日本の昭和史に関する史論や人物論については、比類なき影響を我々に与えています。

 私とは6歳違いでしたから東京の大空襲を経験しています。昭和20年3月25日の東京大空襲に遭い、下町の中川に飛び込んで命拾いをした、という逸話も残されています。府立第7中学一年の時でした。その後、父親の郷里である長岡に移り住みましたが、浦和高校をを経て東大国文科に籍を置きました。

 卒業後、高見順の紹介もあって文芸春秋社へ入り、雑誌記者として活躍し始めます。日本の軍国主義台頭に対する評論では、東大教授の丸山真男の「現代政治の思想と行動」を一方の金字塔とすれば、彼の「昭和史1926~1945」、「昭和史戦後編1945~1989」も、もう一方の金字塔でありましょう。何しろ読みやすい。雑誌記者の経験がこのベストセラーを生み出したのでしょう。

 半藤一利の代表作は、何といっても映画にもなった「日本の一番長い日運命の8月15日」でしょうか。この映画は、私は見逃しているので近々、探し出して観ようと思っています。面白い、と言っては何ですが、彼の奥様は夏目漱石のお孫さんです。末利子さんとおっしゃって随筆家でも知られています。

 彼は1月12日の朝、ご自宅で倒れているのが発見されたのですが、奥様はご自宅だったのか、それとも、既に他界されているのか、お子様たちは?とつい下世話なことを思ってしまうのですが、それよりなにより、この偉大な作家兼ジャーナリストの死を惜しみ、その多大なる功績に拍手を送り、ご冥福をお祈りいたしましょう。

 

         岡本真夜が 芥川作家に

   しなだれかかって 言った

   ねえ 私と結婚して下さらない?

   あなたの 優秀な頭脳と

   私の 綺麗な身体を持った

   子供が生まれてくるわよ

   いいとも ただ

   あなたのカラッポの頭と

   私の 貧弱な身体を持った子供が

   生まれてくるのを

   否定できればね        

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2021年1月13日      伴 奏

 一昔前、中南米に発して世界を席巻したボサノバという音楽の形式がありました。中でも「イパネマの娘」が一世を風靡していました。当時、朝日の社員が自分の芸を有楽町のマリオンの朝日ホールで披露する催しが年一回あり、販売局を代表して、私のキーボードを中心にバンド演奏を披露してきました。ボーカルは東大出の吉村君、ベースはプロの腕前を持つ慶応出の大久保君ら、皆、私についてくれた助手たちでした。その時の出し物はボサノバが中心で、「イパネマの娘」もやりました。社員の中には隠れた才能を持つものが大勢いて、この人にこんな才能があったのか、と驚いたものでした。中でも後に論説委員になった大熊さんという女性は、プロ顔負けのピアノ演奏をしました。社主の息子の上野尚一さんはビオラが得意で、かなりの難曲を披露しました。私たちの販売バンドはかなりの間、評判となり、勢いに乗じて赤坂の貸ホールで単独演奏会までやりました。入場は無料、飲み放題、食べ放題だったのでかなりの社員が集まりました。販売局出入りの業者さんからのご寄付を仰いだおかげでした。朝日の部数がうなぎ上りに増えていた良き時代でした。

 「イパネマの娘」は名曲なので、かなりのCDDVDがありますが、私のお勧めは「小野リサ」のそれに尽きます。張りのある小声で、ギターをつま弾きながら情感豊かに歌い上げます。特筆したいのはその伴奏を務めるピアノです。和音の急所を捉えながら、見事なアレンジで歌手を引き立てます。ブラジル人でアンガーレオンというピアニストと記憶しますが、正に名人芸を披露しています。ピアノの場合、独奏なら派手に振る舞っても許されますが、伴奏となったら、あくまでも主役を立てる演奏でなければなりません。かといって万事控えめであっては興がそがれます。そこの兼ね合いが難しいのです。主役を立てつつ、さらに言えば、主役を盛り立てる役目をこなしつつ自分を主張する、そういう伴奏でありたいのです。小野リサの演奏にはそれが見事に表現されているのです。思えば自分のかっての演奏はそこのところが分かってなかったなあ、と今にして後悔しています。

         上の雪 寒かろな

      冷たい月が さしていて

      下の雪  重かろな

      何百人も のせていて

      中の雪 さみしかろな

      空も 地べたも 見えないで

                ー金子みすゞー

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2021年1月12日      成人式

 昨日は成人式の日、練馬駅の周辺は振袖姿で溢れていました。申し合わせたような白いショールと髪飾り。恒例の式典はなしでも、歩き回るだけでもよし、とするのでしょう。中には男性の着物姿もあって賑やかでした。

 ふと、自分の時はどうだったか? と思い出しても「何にもなかった」という記憶だけです。当時、予備校生だった私は經堂の高田邸の2階の一部屋に成蹊大に通う、後に長野の柏与印刷会社の社長になる清水聡さんと共同生活を送っていました。二人は同印刷会社の東京出張所員という名目で使い走りをしながら僅かな手当てを貰っていました。書籍の印刷は東京より長野の方が遥かに廉かったため、数多くの出版社に出入りしていました。角川書店、創元社、理想社、サエラ書房などなど、一番多かったのはキリスト教関係の新教出版社でした。その後、東京出張所は高田馬場のビルの一階に移り、社員も5,6名となりましたが、草分けは清水聡さんと私だったのです。

 小田急線の經堂から南新宿の代々木予備校に通っていた私に、明治学院大と早稲田大の合格通知が舞い込んだのもその年です。前年は都立大と東京外語を受け、見事に失敗していました。受験に追い込まれていた年でしたから、成人式の記憶などなかったのも、当然かもしれません。

 いま、齢80台になって心から願うのは、もう一度20歳台に戻り、人生をやり直したい、ということです。「医者になりたい」という気持ちは今でも変わりません。せめて、医学に志し、研究者でありたかったという思いです。

 

 

    もう 煩わしい学問は捨てよう

    地位や 名誉もすべて返上しよう

    白髪の身の慰めに 酒を飲もう

    積み重ねてきた 80年の盃

    それだけが この空虚さを 忘れさせる

    今の この瞬間を失して

    いつの日に 楽しみを得られよう

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