最近のエッセイ(54)

2020年11月4日           予防接種

 インフルエンザ予防接種を受けるか、受けないかで迷って来ました。子どもと同じで注射が怖いのです。従来のものはA型2種とB型1種の混合でしたが、現在のものはB型がもう1種加わり、混合4種の、より強力なものになっているそうです。しかし、効力を発するのは接種後1〜2ヶ月後のようで、流行は年明け頃ですから、決断するなら今です。問題はこの接種とコロナ感染との関係です。接種すれば、コロナに対しても予防効果があるなら、喜んで受けもしましょう。いろいろ調べても、この予防接種がコロナにも効く、という文献がありません。それなら、何も、、、、、と思っているのです。受けるべきか、受けざるべきか、、正にハムレットの心境です。

 * これを書いてから数時間後、インフルエンザの予防接種は、矢っ張り、受けてきました。今回は無料だったのには驚きでした。 

          落ちる   

        水の音 木の葉

        葉は土に 土の色に

        やがては 還っていくだろう

        旅人は コートの襟を立てて

        ぼくらの戸口を

        通り過ぎる       

 

2020年11月3日             蕎麦雑感

 今日は文化の日。この日は毎年、快晴に恵まれるのですが、今年はどうしたことか雨模様です。新聞は叙勲の発表で大賑わいですが、新聞関係者の叙勲は極めて稀です。最も申告制ですからそれも頷けます。

 11月が嬉しいのは、待望の新蕎麦が出回り始めることです。あの、馥郁とした香りは新蕎麦ならではのもので、蕎麦好きにはたまりません。でも、蕎麦屋はこのところメッキリ少なくなりました。林立しているラーメン店に押されているからでありましょう。最も、蕎麦店の方にも問題があります。原価率がもの凄く安いのに値段が高い。スープ作りに惜しみなく金をかけているラーメンが7〜800円なのに、ザルそばは一杯1200円もします。蕎麦屋は一時期、腰が折れるほど儲かっていました。

 椎名町の目白道路沿いに「翁」という名物蕎麦屋がありました。そば粉を厳選し、石臼で挽き、ゆで時間をストップウオッチで計り、つけ汁は上等の鰹節を使い、客がのろのろと食べていると、早く食え、と即しました。店主の高橋某は山梨の清里に新しい店を構え、自分で蕎麦の栽培を始める始末。その上、蕎麦の栽培にもこり始め、最適とされる蕎麦畑を全国的に探し歩き、広島の高地にそれを見つけ、何思ったかそこにも「翁」の支店を開設しました。「蕎麦お宅」もここまで来ると酔狂を通り越しです。ここしばらく清里には行っていませんが、彼は今どうしているでしょうか。

 八ヶ岳山麓の清里周辺には、美味しい蕎麦やが数多くあります。10割蕎麦を売り物にする「真次蕎麦」、いつも満員の石堂にある「藤野や」、小淵沢隣の原村が運営する「原村そば」、、、春と秋に集う長野高校から新聞に職を持つ「清山会」の5,6人の昼飯は、これらの蕎麦屋に決まっていました。

 どうしたものか、いい蕎麦は一定の高地で、しかも、そこが荒れ地でなければとれません。福島会津若松の奥く、喜多方の更に奥、山都や野沢は蕎麦の産地で、その時期になると見渡す限り蕎麦の白い花で埋まります。新潟の十日町から松代、松之山にかけても、その荒れ地のほとんどが蕎麦畑です。長野も蕎麦では有名ですが、長野市から戸隠に向かう、荒れた高地が信州蕎麦の産地です。何で蕎麦は荒れ地を好むのか? そんなことも解らぬままに馬齢を重ねてきてしまいました。

 私の家の近くに、といっても車で20分ほどですが、東京でも有名な蕎麦屋「田中屋」があります。今月下旬には新蕎麦が入るでしょう。楽しみにしています。

   ねえ 国を動かす方法を知らない人が

   政治家や 官僚になってる と思わない?

   思う 思う

   国を動かす唯一の方法を知っている人が

   タクシーの運転手さんや 床屋さんや

   美容院の マダムや 飲み屋の親父さんを

   している と思わない?

   思う 思う

 

2020年11月2日         大阪都構想(2)

 住民投票の結果は反対が680,898、賛成が667,425、その差13,473の僅差でまたもや否決されました。今回は公明党が賛成にまわっていたにも拘わらず、この結果です。原因は令和新撰組の山本太郎が乗り込み、精力的に反対の街頭演説を行なったことに尽きるでしょう。東京都知事選の時、私も中野駅での彼の街宣を聴きましたが、その説得力には舌を巻きました。その時は東京都はコロナによる困窮都民を救済するため15兆円の都債を発行しろ、というものでした。大阪の場合は二重行政であろうが、大阪市民が受けている恩恵を放棄する理由はない、という実に荒っぽい、が説得力のある内容でした。とんだ横槍が入って橋下徹以下、維新の会の面々は山本太郎に対する恨み、骨髄に達しているでしょう。

 行政の簡素化は、随分以前に日本にも起こった「道州制」の論議に発します。そのお手本はアメリカです。アメリカの州はそれぞれ独立の行政権限を持ち、その権限は絶対です。日本の48都道府県はその反対で、常に霞ヶ関の顔色を伺っています。なぜなら、本庁の機嫌をを損なうと、途端に税金の分配に支障を来すからです。救いは中国とは違うということでしょうか。中国にも地方自治を司る省の存在はありますが、その上に共産党が存在します。霞ヶ関にあたる存在は、中国では共産党なのです。党員になればどんな悪辣なことでも天下御免になるのです。

 私は、やがて中央政界に出てくるに違いない橋下徹と山本太郎がこれからの日本の政治を変えるリーダーであればいいなあ、と思っていました。誰にそそのかされたのか、山本太郎が大阪にしゃしゃり出たお蔭で、その願望は見事に潰えてしまいました。

      青いお空の底深く

         海の小石のそのように

             夜が来るまで沈んでる

      昼のお星は目に見えぬ

         見えぬけれどもあるんだよ

             見えぬものでもあるんだよ

                   ー金子みすゞー

 

 

2020年11月1日          大阪都構想(1)

 「朝日小学生新聞」と「朝日中学生ウイークリー」を刊行する朝日新聞社の子会社の責任者であったころ、大阪へは度々出張しました。淀橋の朝日新聞社ビル内に大阪支社があったためです。その度毎に支社の全員を伴って一次会、二次会をするのが常でした。前社長が開拓したカラオケ店で、常にお開きになりました。翌朝からはひまですから、淀橋界隈を、よく散歩しました。驚いたのは大阪市庁舎の周辺に密集する青テントの浮浪者の群れです。これ見よがしに、敷地一杯にテントを張っていました。「俺たちを何とかしろ」と訴えているのでした。当時、東京にも青テントはありました。主として隅田川周辺でした。新宿駅から都庁に向かう地下道にもありました。東京の場合は行政のお蔭で程なくして姿を消しましたが、大阪ではそれはしぶとく残っていたようです。つまり、俺たちは行政の不行き届きの結果、存在しているのだ、という主張が長く続いた結果なのでしょう。

 大阪府と大阪市という二重行政を一本化したらどうか、という問題は、この所、長く続いてきた命題です。それに目覚めた橋下徹元市長は、維新の会の総力を挙げて一本化に向けて立ち上がりました。現・吉村市長は、今回の住民投票でもし負けたら、政界を引退する、とまで公言して選挙に臨んでいます。一方、都知事選挙で敗北した山本太郎は、大阪に乗り込み「現状のままでいいではないか」と大声で反対を唱えていました。

 問題は、大阪市民の深層心理にある、と私は思っています。なぜ、浮浪者が敢えて市庁舎の直ぐ脇に青テントを張ってきたかにその答えがあるように私には思えます。もっと言えば、<得することを基準にして物事を処理する>それはまた、戦乱の時代からそうしてきた大阪人の心根がそうさせている、と私は思うのです。従って、今回の住民投票の結果も前回と同じかもしれません。維新の会はご苦労なことです。

 大阪支社の全員を連れて呑みにいったナイトクラブは、その後、大阪支社長が毎週伝票を切るようになりました。社員を伴うならまだしも、自分だけで行って、社員を伴った、というニセ伝票ばかりになったのです。大阪人にはこういうところがあるようでした。

    フルコースの食事の 最後の

    デザートになった

    「奥様 デザートのデラックスパフェに

     飾りのチエリーをお付けしますか?」

    「とんでもない チエリーは外してください

     私 ダイエット中なの」

    

 

2020年10月31日          一つの疑問

 世界の国々の新コロナの感染者数は、ネットで毎日更改されているので、居ながらにしてその推移を見ることができています。それを眺めながら「不思議だなあ、なぜだろう?」と思うことが一つあります。それは、患者はヨーロッパでは異常に増えているが、東アジアでは増えていない、という事実です。ヨーロッパの主な国の感染者数はフランス124万人、ロシア150万人、スペイン116万人、イタリア161万人、ドイツ49万人などであるのに対し、東南アジアの国々では中国8万人、韓国3万人、日本9万人、タイ3700人、ベトナム1100人、モンゴル340人、台湾550人、ラオスに至ってはたったの24人!です。 一体、この差は何なのでしょうか?! 

 この数字で最もオカシイのは言わずと知れた中国です。コロナを発症させた元凶であり、14億5000万人もいる中国でこの数字を信じろ、と言われても、中国共産党の隠蔽体質を疑うのが先になりますが、それにしても東南アジアの数字は何で低いのでしょうか? 調べて見たところ、二つの説がありました。

 一つは東洋人にある独特の遺伝子の存在です。ACE(エース)と呼ばれる東洋人のみの気管、心臓、腎臓に存在する遺伝子です。これには二種類あるそうですがコロナの侵入をブロックするそうです。もう一つはBCGです。結核が流行ったころ世界中の人々はBCG予防接種を受けました。ところが結核が下火になったためヨーロッパの国々はこの接種を止めてしまいました。イギリス、スペイン、フランス、ドイツ、北欧三国、オーストラリアなどです。アメリカは初めから接種をやっていません。国民皆保険にはほど遠い国だったからです。

 うがった見方のようにも思えますが、いまのところ定説にはなり得ていません。いま、ヨーロッパでは第三波が凄まじい勢いで感染者が廣がり始めています。フランスでは30日間の外出禁止令が出されました。遅まきながらBCGを接種したら如何でしょう。

      宇宙の神秘について

      君も 私も解らない

      宇宙の謎を解くことは

      君にも出来なきゃ 私にも出来ない

      喧々諤々と

      口から泡を飛ばし合おうと

      所詮 幕の外でのこと

      その幕が降りたら

      君も 私も

      影も 形も ない

     

 

2020年10月30日          五回目の命日

 癌に関しては日本一と言われる豊洲の有明病院に入院中の、宮沢恭人君を見舞ったのは5年前の10月20日でした。面会謝絶状態らしかったのですが、元気な彼としばらく談笑し、握手して別れました。帰途、モノレールの駅頭で「神さま、何としても彼を救って下さい」と、癌研に向かって心の底から祈ったことが忘れられません。翌日、私はポーランドのワルシャワへ「5年に一度のショパンコンクール」へ旅立ちました。もしもの場合は、即刻戻る積もりでした。そして29日の夜、帰朝しましたが、何としたことか彼は翌30日の朝、旅立ちました。私が戻るのを待っていてくれた、としか言いようがありません。即刻、三宿の自宅に出向き、物言わぬ彼を目の前にして、私は大泣きに泣いたと思います。

 あれから5年、毎年、10月30日には井の頭線東大前駅から5分の彼の墓所へ訪れてきました。今日がその命日の30日。今回は美子奥様の他に、既に嫁いで二人のお子様がいらっしゃる恭子さんもご一緒でした。瀟洒なイタリア料理店で、しばし、彼の思い出話に花が咲きました。思えば、宮沢・中沢の関係ほど数奇なモノは滅多にないのではないか、と思われてなりません。彼は長野千曲川辺の松代がご実家。私の母方も同じ松代町。そして長野高校同期生。彼は東大から朝日新聞社販売局。私は1年遅れて早稲田から同じ販売局。彼の振り出しは千葉県の助手。私も彼の後の千葉県助手。彼は宮城県で独立担当員、私は隣の福島県。共に数字を競い合いました。そして彼は最も部数の伸張が望まれる第四部長。私も彼の後の同じ部長。局次長は二人同時で大阪から来た局長を支えました。そして彼は西部本社の営業局長。私が彼の後の同職。小倉では彼が属していた書道会まで引き継ぎました。そして、彼が東京本社の販売局長の時、朝日新聞の部数は最高の830万部を達成しました。そこから先は彼は名古屋本社代表で定年を迎え顧問になりました。私はというと、定年後、朝日学生新聞社社長で6年間過しました。お互い、お役御免となってからは六本木の書道塾へ月に三回通い、それは彼の病気の最中も続きました。癌の名医を検索し、ようやく、有明病院にたどり着いたのも塾通いのあと、一杯やっていた結果でしようか。共通の趣味は書道の他に囲碁と音楽とスキー。彼の清里の別荘にどれだけご厄介になったことか。不思議に思うのはこれだけの才月を彼と共に過しながら、一度として喧嘩したり、嫌な思いをしたことが無かったことです。今更ながら、彼と共にあったことがどれだけ恵まれたことだった、と思うのです。本当に、本当に彼と共にあったことは実に、実に幸せでした。改めて冥福を祈ります。

2020年10月29日          何でもありの選挙

 アメリカの大統領選挙が5日後に迫りました。互いに互いを誹謗・中傷する選挙戦は狂気と言えるほどに拡大し、止まるところがありません。正に、「何でもあり」の様相です。奇想天外と言えるほどのグッズも登場してます。バイデンの頭に止まったハエをたたき落とす「ハエ叩き」など、そのさえたるものでしょう。狂気が支配するとさえ言える選挙戦は今まであったでしょうか。

 世論調査で見る限り民主党のバイデンが有利のようです。だが、ここへ来てバイデンの息子の中国企業との癒着振りが明るみに出ました。確証がとれないのか、ニューヨークタイムス、ワシントンポストなどの一流紙は報じていません。共和党の次は民主党であるべきだ、との持論があるからでしょうか。アメリカ政界の特異なところは、政権が替わると政府機能の一切が交代することです。3000人を超える役人が入れ替わるようです。その点では、日本の霞ヶ関は特異な存在です。自民党が民主党に替わったからといって、各省庁の人事はそのままです。そこが日本の良いところでもあり悪いところでもありましょう。

 トランプでなければ出来なかったであろう最近の出来事は、イスラエルが中東の3カ国と国交を結んだことです。これは世界中のクリスチャンに歓迎されています。日本でもユーチューブでおなじみの「中川牧師の書斎」、高原剛一郎の「ゴーチャンネル」でもべた褒めです。アメリカはクリスチャンの国でもあります。「ユダヤ人に良くする国は栄える」のが歴史の現実である、とすれば、世論調査では劣勢であっても、最終的にはトランプに傾くのではないでしょうか。この先、何が起きるか、予想が付かないこの度の大統領選挙、あと、数日で結果が判明するでしょう。

    レストランのスペシャルメニュー

      魚のランチ100円 鶏のランチ100円

      ウサギのランチ100円  全部注文した

      そして 出てきた 

      魚のランチは ゴカイの佃煮

      鶏のランチは 茹でたトウモロコシ

      ウサギのランチは 生人参であった

 

 

2020年10月28日         奥田小由女さんに文化勲章

 今年の文化勲章受章者の発表がありました。5人の中に、何と人形作家の奥田小由女さんが入っているではありませんか。1984年には夫君で日本画家の奥田元宋さんも受賞しています。ご夫妻で文化勲章!開闢以来の出来事ではないでしょうか。

 私がいま愛用しているウオーターマンのボールペンは奥田ご夫妻から、間接的にいただいたものです。直接いただいたのは中学校で三年間同じクラスで、後に染色作家になった千葉紘子です。旧姓日南田紘子の三年間にそんな才能は感じられなかったものの、染色による造形に頭角を現し、日展の度に入選を果たし、無鑑査、そして審査員にまでなりました。彼女の豪放な作品は長野市の公共施設に争って買い求められ、元長野市長の塚田佐さんが後援会長を務めていました。

 彼女の案内で、同級生三人が上野で開催されている日展を観に行ったときです。自作の人形を前にした藤田小由女さんとお会いしました。千葉紘子とは女性芸術家同士、格別仲が良かった様でした。その折り、ご夫妻は練馬の富士見台にお住まいで私のところから目白通りを挟んだ向かい側なのが分りました。丁度、奥田元宋さんが文化勲章を受章した引き出物としてウオーターマンが使われた様でした。それを千葉紘子を経由して私が頂き、いま、重宝しているのでした。

 日展無鑑査の染色作家千葉紘子へは、かなり前から秋になるとカボスを送っていました。お返しに長野のブドウが送られてきていました。今年もブドウが贈られてきましたが送り主が彼女の娘が開業する「柳町歯科医院」からでした。封筒が一枚入っていました。 ー母紘子は7月4日に亡くなりました。生前大変お世話になりましたー

          右は奥田小由女さん
        左は千葉紘子さん の作品

2020年10月27日        音の再生が貴重であった時代

 宮沢賢治が没して今年で86年。世の中は凄まじい変化の連続ですが、中でも特筆したいのは音楽の聴き方の変り様です。戦後、長いこと手動の蓄音機にレコードを載せて聴いていました。テープによる再生装置が現れました。ウオークマンを持っていれば、どこにいても好きな音楽が聴けるようになりました。次はカセットです。映像と共に音楽が流れました。レコードの小型版「CD」が全盛を極めた、と思っていたら次は「DVD」です。これ以上のものはないだろうなあ、と思っていたら、トンでもない、パソコンやスマートフォンを持っていれば、いつ、何処ででも、世界の音楽を聴くことが出来るようになったのです。しかも、ほとんど無料で。そして、音の再生装置が良いものであればあるほど音の質もよくなるというオマケまで付いて。

 家の近くの<ブックオフ>を覗いてみました。昔は古本やCDの棚が幅をきかせていましたが、今は漫画やアニメがそのほとんどを占領しています。CDも溢れていますが、ついぞ、買う人を見かけません。音楽や映像の再生装置の進歩の早さには目を見張るモノがあります。もし、宮沢賢治がこの凄まじい変化の現象を見たら何というでしょうか。音楽の再生が貴重であった時代に生きたことは、ある意味、幸せであったかも知れません。 

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    誰もが 時には必要とし

     誰もが 時には与えたがるのがアドヴァイス

         だが 誰もがほんの少ししか

    受け取らない のもアドヴァイス

    だから 君にアドヴァイスしておく

        ーアドヴァイスするな

 

2020年10月26日           賢治と音楽

 大正から昭和初期にかけて、西洋音楽が怒濤のごとく日本に入ってきています。当時の再生装置は手動で中のゼンマイを締め付け、その反動でテーブルを回し、その上に音盤を置いて鉄針を固定して音を再生し、付属の大きなラッパで増幅させる、という原始的な物でした。花巻のレコードショップは賢治からの音盤の注文で、大童だったそうです。数ある音盤の中でも賢治はベートウベンに心酔していたようで、こんな言葉を残しています。

 「ゲーテも偉いには偉いが、文学史上における地位は、音楽史上におけるベートウベンの燦然と輝く地位には遠く及ばない。全く、ベートウベンに匹敵するようなものは、文学史上まだ見当たらない」

 30才の彼は東京で音楽を学ぶべく、購入したチエロを抱えて上京します。3日間の特訓を受けたと言います。そこには、後に桐朋学園で小沢征爾などを教育して世に出した、25才のチエロ奏者斎藤秀雄らがいたそうです。チエロ奏者になりたいという強烈な意思はあっても、この楽器は難しすぎます。その思いが「セロ弾きゴーシュ」になりました。賢治の無念の思いが詰まったチエロは、今も賢治記念館に現存しています。楽器は、時には音を出してやらねばなりません。今も時々、このチエロを使った音楽会が記念館で行なわれていると漏れ聞いています。                                                    

 

  2006年の賢治祭で藤原真理さんが賢治愛用の 

 チエロを演奏。曲目は賢治が作詞・作曲した

 「星めぐりの歌」 「牧歌」など。賢治の妹トレが

 愛用したバイオリンや、宮沢家が所有するビオラ

 なども加わった。      (2006年朝日新聞)

 

2020年10月25日                宮沢賢治  

 宮沢賢治の「雨にも、、、」の詩は、その全部を諳んじているのですが、記憶が曖昧な部分があったので、IPADのアオキ文庫で調べ直しました。その際、この文庫に載っている限りの彼の著作にに目を通してみました。詩、童話、戯曲、随筆、、、あるはあるは、その数約280編。今更ながら彼が残して逝ったものの量の多さに驚きました。しかも彼は1896年に生まれ、1933年に37才の若さで亡くなっています。たった、40年にも充たない生涯だったのです。私はと言うと、彼の死後4年目に生まれ、彼の倍以上の馬齢を重ねています。おまけに、何一つ後世に残る仕事をしていません。何たる違いでしょうか。誠に申し訳ない次第です。

 彼が亡くなったときの職業は農林学校の教師でしたが、その精神的支柱は岩手で培われた仏教であったようです。それも法華経でした。それを如実に示しているのが、有名な「雨にも負けず」です。世上、流布されているものには載っていませんが、原作のこの詩の終りには、次のような念仏の続きがあります。

 南無無辺行菩薩 南無上行菩薩 南無多宝如来 南無妙法蓮華経 南無釈迦牟尼仏 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩

「雨にも負けず負けず」の詩は、本当は、この念仏も一緒に朗読しなければ完結しないのですが、私たちは歴史的にこれを割愛して諳んじているのです。

 一方、賢治には「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」ばかりでない、数多くの詩、戯曲、評論、などが存在しているのを改めて知りました。岩手県花巻近くに彼の記念館があるはずです。現役時代に案内されたものの、差して気にもとめなかった記憶があります。「改めて行きたい」思いでいます。

2020年10月24日          ドバイの噴水

 ごく最近、アラブ首長国連邦はイスラエルと国交を結びました。この国は7つの国の複合体で海を隔ててイランと対峙しています。7つの国にはそれぞれ王様がいて、皆、親戚同士です。首都はアブダビですが、ドバイの方が繁栄を謳歌しているでしょう。何しろこの首都には世界最高のビル、世界最大の空港エミレーツがあります。昨日この国の噴水がギネスに「世界最大である」と認定されました。名物がもう一つ加わったのです。4年ほど前に行ったとき、その噴水を見ましたが、実に見事なものでした。水のない国が、海水を濾過してこれ見よがしに水の競演を演出していました。この噴水のために人工島を作り、高さ105メートルから128の噴水口を作り、夜は3000個のライトで照らして、30分おきに約3分間の水の競演を惜しげなく見せているのでした。一方、車を30分も走らせれば、そこは砂漠のまっただ中です。観光用の車もあって乗りましたが、車は砂と共に滑り落ちる連続です。怖かったのなんの。その後は、砂漠の中の幕舎にての食事です。円形の舞台でのベリーダンスを見ながら羊の肉を頬張りました。アルコールは缶ビールだけでした。

 ビルも空港も、そして噴水も、ドバイは世界一ですが女性の服装だけは千年も前から同じです。全身黒ずくめ、目だけが異様に光っています。レストランでアベックの食事をそれとなく観察しました。髭ずらの男性の目の前で、お皿の肉に右手でホークを入れると、左手で顔の前の黒いベールを僅かにずらし、素早く口に入れました。その間、僅か二秒。この女性が家に戻るとベールを脱ぎ捨て、肌もあらわなな下着相当の部屋着になるというのですから驚きです。主人以外の男性には女性は肌も髪も見せてはならない、というイスラムの教えがこの国では厳格に守られているようなのです。しかも、男性は四人までは側室をもっていいという、これもコラーンの教えだそうですから驚きです。

2020年10月23日           キャンペーン

 今朝のモーニングショーでは<ゴーツートラベル><ゴーツーイート>など、公費による補助付きのキャンペーンを大々的に取り上げていました。更に加えて、地方自治体までもが独自の補助政策を発表しています。使い方によっては驚くべき価格の割引となります。ホテル、飲食店、土産物店、更に交通機関や旅行代理店などはホットしているでしょう。家に閉じこもって外出がままならなかった人も大歓迎でありましょう。

 問題は、これによって人と人との接触が密になることです。交通機関や観光地は人、人、人で溢れるでしょう。そうなれば新コロナの感染率が高くなるのは自明の理です。再び感染拡大が問題になるはずです。

 家に蟄居を強いられている年配者の私にとっても、このキャンペーンは魅力的です。東北一周、或いは京都、そして遙か石垣島、、、、行きたいところは沢山あります。「行こうか、行くまいか?」、実は今、悩みに悩んでいます。

 しかし、万が一、私が感染したら、、、、一巻の終りです。特に私は小さいときから気管支が弱い。肺門リンパ腺、COPD、軽度の喘息などなど。それらを勘案すると、いくら魅力的であっても「君子危うきに近寄らず」、ではないかと思うのです。

    私が死んだら 私の屍は

    野辺に捨ててください

    美酒を 墓場の土にふり注いでください

    腐乱した肉が 土に戻り

    白骨までもが 砕け散ったら

    その土を使って 轆轤を回し

    蓋を作って下さい

    私が使っていた

    あの酒壺の 蓋を

 

 

2020年10月22日            タイの王様

 タイの国民がタイの王様にに対する敬愛の情には並々でないものがあります。街の至る所、例えばホテル、マーケット、鉄道の駅、国道の交差点など、至る所に国王ご夫妻の巨大写真が掲げられています。学校も例外ではありません。毎朝、タイ国旗が掲揚され、国歌が斉唱されています。それだけ国民は王室に対し敬意と愛情を持っている世界でも希有な国です。

 昔、「王様と私」という映画がありました。ユルブリンナー扮するタイの王様と、イギリスからやってきた60人の王様の子ども達の家庭教師を扮するデボラカーとの喜劇です。世界的にヒットしたこの映画は、実はタイでは上映禁止です。余りにカルカチアライズされているからでありましょう。

 4年前、国民が敬愛して止まないプミポン国王が逝去されました。喪に服した一年後、実子のチュラロンコンが王位を継承しました。ところが、この新国王が問題ありの人物なのでした。第一、この新国王はほとんどタイ国内にいません。大勢の側室を連れてヨーロッパ暮らし。ドイツやスイスで遊びほうけていて国内のことは「良きに計らえ」とばかり無関心なのです。タイの政治は知っての通り軍政です。温和しいことで知られるタイ国民も動き出しました。先ず、若者が集会とデモを始めました。憲法改正、総選挙の実施、集会の自由、王制改革などを標榜してのデモです。極めて当たり前のことなのに、軍当局は弾圧の限りを尽くしています。弾圧が強まれば強まるほどデモと集会は規模が膨れ上がります。いま、タイ国内は政情不安のまっただ中にあるようです。加えて新コロナ禍が追い打ちをかけています。これに関してはタイはいち早く国境封鎖に踏み切りました。

 私は1月17日から2月6日までチェンマイにいましたが、帰国が10日遅れたらどうなっていたか分りません。借りていた森の中の一軒家も2月までの家賃を払って引き上げました。荷物の処理は畏友堀田さんにお願いしました。車の保管もお願いしました。ただ、困ったのは、3月始めに日本に留学する4人の学生を連れてきたものの、タイの国境閉鎖のお蔭で堀田さんが戻れなくなったことです。10月には解除になるらしいとの報道も空しく、いまもって戻れていません。一部解除にはなったらしいのですが、それには面倒な手続きが必要とのこと。

 この秋には、再び日本のキーボードを持ってチェンマイへ行き、ホテル住まいをしながら、車を駆って少数民族の小学校へ行って、それを寄贈する積もりでしたが、それも果たせません。新コロナと、それを巻きおこした中国共産党への恨みは骨髄に達しています。 

                  交通 事故を起した自動車の運転手が

        裁判所へ呼ばれた

        君はいままで どのくらいの人を

        君の車に乗せたかね?

        恐らく 数千人でしょう

        ならば 私を乗せたことも

        あるかもしれないなあ

        いえ 絶対にありません 誓って

        なぜ 断言できる?

        霊柩車の運転手でした

 

2020年10月21日        全日空の危機

 新コロナの影響は留まるところを知らず、中でも世界の航空業界は悲鳴をあげ続けています。タイ国際航空などは1兆円の負債を抱え既に倒産していますが、この場合はコロナと言うより日頃の放漫経営によるものでしょう。

 全日空の場合は明らかにコロナに寄る乗客減です。国内線では88%、国際線では96%の落ち込みなので、憎っくきはコロナであるのは歴然としています。固定費で毎月800億円の赤字だそうですから、一体、この先どうなるか? 既に5350億を借り入れ、融資枠5000億円を手当しているとはいえ、乗客減がこの先も続けば倒産は免れないかもしれません。

 全日空の前身はヘリコプター3機の小さな会社でした。ヘリコプターは朝日新聞の航空部が所有していました。そこへ朝日新聞の社長であった美土路昌一さんが乗り込み徐々に業績を上げていきました。美土路さんは私が入社したときの社長でした。小さな身体なのに、精気に溢れ、良く通る声の持ち主でした。何かの折りに美土路さんからいただいた螺鈿の黒塗りの小箱を、今も大事にしています。全日空は彼のお蔭で目覚ましい発展を遂げていきます。低迷する日本航空を凌駕するまで大きく成長しました。朝日新聞は今でも全日空の大きな株主です。株主優待券が当時は豊富に社内に出回りました。お蔭で小倉へ単身赴任したときは助かりました。暗黙の内に旅費の二重請求が認められていたのです。

 利用客が極端に減って、赤字に喘いでいるのは何も日本だけとは限りません。世界の航空会社は軒並み喘いでいます。既に倒産した民間航空会社は数知れず、かつては風を切って仕事をしていた社員達は、いま、会社から放り出されて路頭に迷っているのです。それもこれも中国武漢の兵器のための微生物研究所から漏れ出した新コロナのお蔭です。謝り一つしようとしない中国共産党への怒りがどれほど大きいか、それは想像を越えるものがあるでしょう。

       夕方  風が変った

       冬が始まった

                  荒涼とした海岸へ出てみたまえ

       鳥は

       西風に逆らって 一直線に

       太陽の沈む

       あの

       闇の光に震える

       夢の中へ 

       たった一人で

       飛んでゆく

 

 

 

2020年10月20日     世界が反対、デズニー映画

 この夏封切られたデズニー映画「ムーラン」が、いま、世界から総スカンになっています。アメリカでもヨーロッパでも日本の一部でも上映禁止です。フランスでは映画館の経営者が宣伝スタンドを破壊するなど中国とこの映画を作ったデズニープロに八つ当たりしている始末。勿論、中国では全土で公開され、莫大な収益が期待される筈でしたが、結果的にはそれほどでもなかったようです。問題はウイグル人収容所の撮影が現実とはまるで違って美化されていること、映画の終りに出てくる「エンド・クレジット」に中国共産党に感謝する文言があることなどのようです。

 私が心配しているのは、日本のデズニーがこの映画を施設内で上演するかどうかです。かなりの含み資産を持つ日本の「オリエンタルランド社」といえども、長引くコロナ禍のため、人員整理が始まった、と漏れ伝え聞きます。私の長男が社長を務めさせて貰っている障害者雇用の会社もご多分に漏れないようです。弱者にしわ寄せが行くのはこの世の常です。この問題の映画を上映すれば、かなりの人が訪れ収益にプラスするでしょう。かといって、世界的に問題になっている親会社の映画を上演しないで済むものかどうか、ここは思案のしどころでありましょう。

主演のリューイーフェイ

2020年10月19日          発酵食品

 北欧・スカンジナビア半島には恐ろしく臭い食べ物があります。それは鰊の缶詰です。中が発酵しているため缶は丸く変形しているそうです。この缶詰を空ける時は室内でなく野原の真ん中でやるそうです。臭いが強烈で100メートル先まで漂うからです。味はどうか? 今まで経験したことのない美味だそうです。

 発酵食品は、実は私たちの周囲にゴロゴロしています。ヨーグルト、キムチ、チーズ、漬物、味噌、醤油、納豆、パン、みりん、日本酒、ワイン、ビール、、、、、これらはすべて発酵菌のお蔭です。例えば、乳酸菌、酢酸菌、納豆菌、麹菌、酵母菌、、、、

 私は、どういうものか、食べ物では発酵食品が大好きです。中でもチーズが大好物です。夕食時にはウヰスキーか芋焼酎に少量のチーズを欠かしたことがありません。問題はスーパーには高額なアルコール類はあっても、これは、と言えるチーズが見当たらないことです。北海道十勝産のカマンベールぐらいしか並んでいません。モッツアレラはいろいろあっても、これは問題外です。たまにゴルゴンゾーラやゴーダを見つけると嬉しくなります。荻窪のアルタ地下にチーズ売り場があります。デパ地下の売り場同様、世界各国のチーズが並んでいます。先日、その売り場からフランス物を中心に7,8千円を奮発して買い求めました。しかし、当たらなかったのです。美味しくありませんでした。

 チーズは何といってもヨーロッパ産に限るようです。青カビの生えたゴルゴンゾーラはイタリア、山羊の臭いチーズはスイスに限るようです。最近、チョット高級なスーパー・成城石井を覗いたら、ヨーロッパ産のものが格安で売られていました。チーズを買うならここに限る、と思ったことです。

     海の魚は かわいそう

     お米は 人につくられる

     牛は牧場で 飼われてる

     鯉もお池で 麩をもらう

     けれど 海のお魚は

     なんにも世話にならないし

     イタズラ一つしないのに

     こうして 私に食べられる

     ほんとに 魚は かわいそう

              ー金子みすゞー

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